蒼海の胎内
軽い酩酊のような眩暈を感じながら、そっと目を開ける。最初に目に映ったのは、縦横無尽に走る硬質な機械類で覆われた天井。鈍色に光るそれらは時折生き物のように点滅し、うごめくいた。
そこまで認識して、"自分が起きている"ことにようやく気づく。
腕を上下するとパシャパシャ音がした。 冷たい水しぶきが飛んでキラキラしている。
少し弾力のあるその液体は、体を水面に浮かせていた。同時にそれは母のように抱いてくれる。
「う、動いてるっ!?
突然聞こえたのは、男か女かわからないが、中性的な人物の声。
「だれ?」
水槽に浮く少女は推何の声をあげた。
「あらあら、たくさんの男性が私に群がって……そんなにがっつかなくても大丈夫ですの」
「ティチェ、エロそうなセリフ吐くなヨ」
ティチェ隊長のセリフに、ダニエルはイーグルを持つ両手の力が抜けたかのようにぶらーんとさせて、心底嫌そうな顔で呟く。
「戦うと性格変わるんだねー、ティチェ隊長って」
「超ド変態の女王様ってカンジだろう? これがまた面白いんだがなぁ」
トワはダニエルと同様にげんなりとした表情でそう言うと、時代錯誤のスーツオジンことマサムネは心底楽しそうに呟いた。
「あのなぁ……お前ら状況分かっててそんなくだらないこと言ってるのか……?」
俺は溜め息をつきながら、手の中にある拳銃をもてあそぶ。ティチェ隊長以下四名から緊張感というものは感じられず、手を叩いたりしてはしゃいでいる、っておい。
「はしゃぐな、お前らっ!」
「それはこちらのセリフだ。反政府組織『Cのアリア』所属賞金首ルイ」
状況は最悪だ。五人の周囲を政府軍の制服を着た二十名ほどの軍人が囲んでいた。敵は各々の拳銃をこちらに突きつけている。少しでも動いたら蜂の巣にされる。
だがこちら側がふざけたことをしていても、一向に発砲する気配はない。いぶかしがって
「同行していただこうか」
「ティチェ隊長……?」
さすがのマサムネもティチェ隊長の突然の笑い声に引き気味になりながら尋ねた。
「ほら、悪の定番にはまりすぎww」
ティチェ隊長はあははは、とお腹を抱えて再び爆笑している。お気楽すぎるティチェ隊長の様子に、俺は頭を抱えたい。
「お前たちを"世界政府"に連行する」
「あなた馬鹿? 言葉だけで従わせることができると思っているつもりですの?」
超ド変態女王様は売り言葉に買い言葉のようにつづけざまに言い放つ。それに呼応するように政府軍の隊長は攻撃の合図を出す。
「ホント、男は野蛮ですのね」
ティチェ隊長がそう言ったのが戦闘開始だった。
マサムネはトワを肩に担ぎ上げると、撃鉄の音が響く前に軍人たちの間隙を縫い、走り抜ける。同時にティチェ隊長、ダニエル、俺が四方八方に散る。
「一人四、五人がノルマかヨ」
ダニエルはそんな風に言いながらも、楽しくてたまらない顔をする。そのまま手近な敵をイーグルの銃底で殴りかかろうとすると、その男は両腕で頭をかばった。どこん!、という人体のたてる音とは思えない音が響いて、そのすさまじい威力に男のからだがずずず、とさがる。
攻撃を受けたはずの男はニヤリと不敵に笑うと、銃を持たない左手でダニエルに殴りかかる。当然ダニエルはそれを軽々避けた。
「こいつら
面倒そうにダニエルは呟いた。居並ぶ軍人たちは皆どことなく顔のパーツのほんの一部分が似通っているように見える。きっとそれが強化培養体とやらに関係があるのかもしれないが、生憎、俺にはわからない。
「なら、手加減は不要ってことですのね」
投擲用ナイフを投げながらそう言ったティチェ隊長は、一回り大きいナイフで相手の足の腱を深く切りつける。そこにはいかほどの躊躇いもない。傷口から血が噴き出すも、通常なら立っていられないはずなのに、その軍人は奇妙な笑みを浮かべたまま銃をティチェ隊長に向けた。
「こいつら、脳改造に加えて筋肉改造も施されているのか……タコ殴りで動かないようにするのは厳しいな」
マサムネはトワを肩に担ぎ上げたまま、敵が銃の引き金を引く前に巧みに攻撃を加える。背後から敵が銃撃を加えるがマサムネは器用に皮一枚で避けて、そいつの腹部に蹴りをいれる。敵は文字通り吹っ飛んだ。
「まず一人目」
俺の前には倒れ伏した一人の軍人。パッと見には外傷はない。ただしその体にはワイヤーが巻き付いていて、ワイヤーの端は俺の持つマシンガンのような機械に繋がっている。
「この高圧電流で気絶しなかったら、殺すしかないんだけどな」
ワイヤーを切断し、カードリッジ式のバッテリーを入れ換えると他の敵にそれを向けた。
「この程度の人間で俺らをどうこうできると思ったら間違いだ」
その時、遠くの建物からどかん、と盛大な音がした。
気がつくと辺りは紅蓮の海だった。炎は生き物のように壁や天井を舐め、計器などの機械類さえも、どこまでも貪欲に呑み込んでいく。
「逃げなさい!」
炎の向こう側で女性の研究職員がわめく。二人の間は、燃えた天井から崩れ落ちた建築資材によって裂かれている。その上、それ自体が炎をあげて燃えていた。
「ダメだよ! イザヤも一緒に逃げるんだ!」
僕はそう叫ぶと設置されていた消火器を握り締め、スイッチを押す。しゅごー、と中身の消火剤を吐き出していくが、火の勢いは衰えない。
「くそっ!」
空っぽになた消火器をかなぐり捨てると、少しその場から離れた。十メートルほど離れた場所で立ち止まる。
炎に包まれたガレキを飛び越えるために走り始めようとしたときだった。
「Generation System Type Endless Lady変異体No.4、通称
イザヤの声に僕の体は勝手に応答した。作られた機械みたいに。
「声紋確認。政府公認特殊研究員部長イザヤ・アシリアと一致。最上級命令を認められています」
「
ただ淡々と冷たく言うイザヤが別人に見えた。
「……イヤ、です」
「はい」と言いそうになるのを無理矢理押しとどめてそう言うと、世界が黄色く染まりぐるんと回り始める。
「イヤ……だ。イザヤのことを……」
最後にそう言って、僕の意識は闇に消えた。イザヤの声が遠くに聞こえた気がする。
「思い出した……」
軍人たちを全て倒し終わったあとに、トワはマサムネの肩の上でポツリと漏らした。普段よりとても小さな声で俺以外は誰も聞いていないように思えた。
しかし、
「「何を?」」
二人でわざと声を揃えていったかのように、見事に重なっていた。ハモっているみたいだ。
一方で、マサムネの肩から降ろされたトワはこの状況に混乱しているようで、目を見開いている。何かを悟ったように一瞬冷たい貌をした。
「僕がなんだか思い出したんだ」
ティチェ隊長もダニエル、マサムネも、沈黙を守ったままでしつこく追求しなかった。ただ、優しい目でトワを見つめていた。
トワはそれに応えるように微笑んだ。
子供めいた無邪気な笑顔でなく、全てを悟りきったような、そんな笑顔だった。
その時の俺はまだ子供だった。何も知らずにぬくぬくと日々を送っているだけ。子供の殻を破ったトワに比べて俺は母親のお腹の中にいる胎児のようなものだ。
そうだよね、母さん。
俺は知らなかったんだ。
まだ、何も。
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