滅亡の鐘 前編
世界最終大戦。それは科学兵器、生物兵器、核兵器など兵器と名のつくありとあらゆる兵器を使用して行なわれた史上最悪の戦争である。この戦いで二百億人を越えようとしていた人間はその五分の四以上を失い、その一方で様々な生態系も滅びを迎えようとしていた。
地域によっては核兵器などによる放射能で大地が汚染され、外で生活など出来ないレベルに達している場所もある。そういう地域に暮らす者はほぼおらず、死地とも呼ばれている。
そういった汚染を免れた地域でも壊滅の度合いは激しく、以前と変わらない暮らしを送れる場所は地球上に皆無といっても過言ではない。現在はわずかに残された発電プラントの近辺に集落を作り、それを頼りに暮らしているのがこの世界の大半である。
それが世界最終大戦の結果である。しかし引き起こされた原因そのものは未だ解明されていない。
―――『RD』のダニエルと共に屈辱的な格好を強制された数日後、『RD』の集団は『Cのアリア』のキャンプ地から去っていった。屈辱的な格好云々は記憶の彼方から消し去りたいと願うが、それ以外のなかなか有益だと思われる日常―――ダニエルやマサムネに一通りの武術を教わったこと―――はよかったと思う。
ティチェ隊長の無駄な策略によるトワと俺のいろんな誤解も解けたし、なかなかめでたしめでたしな感じと相成った。が、現実は早々簡単にめでたしめでたしでは問屋が卸さないらしい。酷い話だ。
『Cのアリア』のキャンプ地に一人の血塗れの男が入ってきたのはダニエルたちが去ってから約三時間後の昼頃のことだった。
そのことに初めて気がついたのは非戦闘員の、それもトワと同い年ぐらいの女の子で男の服を濡らすその液体をトマトスープか何かの類だと思ったらしい。その子がすぐに保護者代わりの女性に告げたことで早い段階で発覚した。
天幕に入っていた者たちも、知らせを受けてすぐさま外に飛び出してきた。あまりに酷い男の有様を見たメンバーの間で、瞬時に緊張が走り、張り詰めた空気となる。
「だ、ダニエルが……暴走して……」
そこまでようやく言い終えた男はドンッと音を立てて地面に倒れこむ。瞬く間に男の体から大量の血液が流れ落ちて、服を赤く染め、地面に血溜りを作り始めた。出血の量がとてつもなく多い上に、そのせいでどす黒く染まった服に隠れて明確な傷は分からないが、致命傷に近い傷を負っていることは誰の目から見ても明らかだった。
誰もが呆気に取られ、それを呆然と眺め、慣れていない者は驚きで息を呑み、嘔吐する者さえいた。実際俺自身も突然起きた異常事態に体を固くして、動けないでいた。
「何、ぼさっとしてんのー。早くそいつの応急処置して!」
凍りついた空気を溶かすようにティチェ隊長がいつもどおりに声を上げるのを受けて、マサムネを筆頭とした医療技術に噛んだことのある者達が動き始めた。そうでない者たちもその者たちの手伝いをしようとぞろぞろと動き始めた。
みんなが動いているのを横目に俺は動かなかった。もちろん、これ以上医学の心得がない者が動いても仕方がないという考えもあったが、ただ、倒れている男の言葉がやけに気にかかった。『ダニエルが暴走』。機械が暴走したならわかるが、普通人間が暴走だなんて言わない。だというならダニエルは機械か、機械に順ずる何かだということになる。
そこまで考えてこんでいると、隣に立っていたトワにズボンの裾を引っ張られた。トワはこういうことにまだ慣れていないらしく、血の気の引いた白い顔で不安そうにこちらを見上げている。
「あの人……死んじゃうの……?」
「……ああ、まず助からないだろう」
綺麗事を並べて誤魔化すことなどせず、正直に言った。ここで、『Cのアリア』でトワがこの先も生きていくなら嘘と綺麗事でぼやかさずに、ちゃんと目の前のことを教えていくべきだ。俺はそう思って簡潔に述べた。
トワはというと俺の言葉に一瞬体を震わせて下を向いた後、俯いた顔をゆっくりと上げて俺の顔を見据えた。その表情に不安や怯えが消えていて、何かを受け入れて大人になったような感じがした。この前といい、今日といい、トワの中の何かが少しずつずれていく気がしてならない。
マサムネと共に男を見ていたティチェ隊長は内緒話をするかのように両手を口元に当て、何事かをマサムネに告げた後、自身の天幕へと消えた。マサムネはというと、応急処置をしていた手を止めて思案しているようであった。それから、マサムネは男の首筋を触り、瞳孔を確認した後、静かに述べた。
「死亡確認」
比喩表現でもなんでもなく、肌が泡だった。そのたった一言で穏やかになりかけていた場の雰囲気がマサムネを中心に波立ったのを、肌で感じた。慣れている者たちは静かに黙祷を捧げているが、やはり慣れていない者たちは一部呆然としている。自分も黙祷をしようと目を閉じる前に横目でトワを見ると、慣れていない者たちに分類されるであろうトワが目を伏せて黙祷を捧げていた。
驚きのあまり黙祷するのを忘れ、トワの横顔をじっと見つめていた。その視線を感じたのか伏せていた顔を上げ、前を見つめたままトワは言った。
「人間って簡単に死んじゃうね。どうしてなんだろ……」
少し微笑んだトワは笑っているのではなく、どこか泣いているように見えた。
そのときのトワに俺は何て言葉をかけたのか。
今でも思い出したくない。
周囲がぎこちない黙祷を捧げている中、なぜかひどく冷えた視線を俺に向けるマサムネがいたことだけは嫌でも浮かんできたけれども。
それからマサムネの指示の元、手の空いている男たちでその男の墓穴を掘り始めた。戦争以前は火葬をしていた国もあったらしいが、木材などの燃料でさえ貴重品の仲間入りをする現代で火葬を行なわれることはまずなく、大半が土葬だ。
一方で手の空いている女性陣は少し遅めの昼食作りに取り掛かっていた。満身創痍の体であった男の乱入によりすっかりと忘れ去られていたためだ。
こうしてどこかしめやかな空気を伴いながら、動き始めた日常ではあったが、これがまだ長い長い一日の始まりに過ぎないとは誰も思っていなかっただろう。
おそらく、ティチェ隊長にマサムネ、それにトワ以外は。
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