「おめでとう」

 そう言われてあの人からもらった初めての誕生日プレゼント。
 自分の両手に少しおさまらないくらいの大きさの真っ赤な真っ赤な天然の林檎。
 この荒れ果てた大地から天然ものの林檎なんて手に入ることなどまずありえない。でも、その林檎が今自分の手に握られていることはまぎれもなく事実だ。
 その事実が嬉しくてふわりと微笑んだ。
 あの人も自分に微笑みかけてくれた。
 かじった林檎はとても甘く少しだけ酸っぱかった。
 こんな時間がいつまでも続いて欲しいと何度思ったことだろう。
 夢は夢のまま叶わない。
 その日があの人が微笑むのを見た最後だった。




 毒の林檎





 『Cのアリア』のティチェ隊長と『RD』の隊長ダニエルの決闘が終わって一週間。『Cのアリア』と『RD』は共に荒地にキャンプを張っていた。これもかれもダニエルがティチェ隊長に売られた決闘を買って挙句の果てに負けたせいだった。
 敗北の代償は一週間女装の刑。男だから女の人の服なんて入らないと思いきや、無駄のない筋肉のせいで引き締まった細い体にはジャストフィット。ただしティチェ隊長の服は入らなくて、よりティチェ隊長の小柄さが強調されるハメになったのは言うまでもなかった。(ティチェ隊長のタブーが年齢と身長であることが発覚。)

「いらっしゃいませ、ご主人サマ」

 そんな感じでメイド服を着たダニエルは逆に似合いすぎて全員で大爆笑。これは一〇〇〇年以上前に東洋の小さな島国で一部の男性客をターゲットにして、見事大ブレークしたメイド喫茶のメイドさんである。このメイド喫茶は世界中に作られるほどの大ブレークだった。
 ダニエルが着ているのは、ピンクをミニワンピースと白のエプロン。ワンピース、エプロンの裾は白いレースで縁取られている。

「ふふふ、やっぱり最後はメイド服でよかったにー」

 ティチェ隊長は実に楽しそうに言った。俺もティチェ隊長と同じ人で遊ぶ立場にいれば、同じようにそう思ったことだろう。しかし、そうならなかった理由がちゃんと存在しているのだ。実に単純明快理路整然。

「ホント、よく似合ってるよ」

 と満面の笑顔で言ったのはトワ。

「すまん、お前たち最高だわ」
 と笑っているのを隠そうそしているが肩が震えているので、明らかに爆笑しながら言っているのはマサムネ副隊長。

「ルイも、ね」

 凶悪な微笑を浮かべてトワはそう言った。

「なんで俺まで……」

 昨日まで確かに俺はダニエルを見て笑っていられる方にいたのに、今日になって突然隊長はこう言った。

「最後の入隊テストわぁ……女装で!」

 そうしてダニエルが着ているメイド服と同型の黒と白を基調にしたものを着せられた。そしてこんなことをされているダニエルの気持ちがほんお〜り分かった、気がした。
 そんな感じで一日のご主人サマへのご奉仕が終わって(染まってきた?)、ティチェ隊長のテントに呼び出された。しかもメイド服のままだ。何をされるのだろうかと、もうこの日何度目になるか分からないため息をつきながら隊長を見つめる。

「ほいよ、ルイ」

 その声と共に何かを俺に向かってティチェ隊長が投げつけた。その物体は赤い残像を刻みながら俺の顔面めがけて飛んできた。俺は飛んできたものが何なのか分からないにもかかわらず、両の手で掴み取る。

「ルイの入隊を今ここに正式に許可します。『Cのアリア』隊長ティチェ」

 いつものふざけた顔や言葉をなしに真剣な顔でティチェ隊長は高らかに宣誓した。そのあまりにものとんでもない突飛さに俺は目を丸くせずに入られなかった。

「林檎をかじり、毒をその身に」

 毒に言われて一瞬びっくりしたがこれは入隊の儀式。俺は躊躇せず言われた通りに受け取った赤い果実にかじりつく。
 ただ甘いだけでない酸っぱさが口の中に広がった。

「それにしてもなんで林檎?」

 俺の言葉に一瞬ティチェ隊長の表情が凍りついたように見えた。






 あの人から初めてプレゼントをもらったあの日からあの人は変わってしまった。言葉数が少なくなり、なにより笑わなくなった。
 自分の言動があの人の何かを傷付けただろうかと考えてみても何も浮かんでこない。ただあの人が変わってしまったという事実が残るだけ。
 過去を反芻しているとそれこそが幻の偽物であるかのような気がして自分のほうがおかしいのだと思わずにはいられないような気がした。
 そういう日々が続いて久しぶりにあの人に呼び出された。私の知っているいつものあの人に戻ったのだろうかという期待と不安を抱え込んであの人の部屋に行く。
 久方ぶりに入ったあの人の部屋は記憶にある限りのあの人の部屋とは全く異なっていた。私の知らない機械類が部屋のそこかしこに乱雑に並べられ、あの人は一心不乱に何かの作業をしていた。

「部屋の中に入って、扉閉めて」

 私は言われた通りのことをやるとあの人に近づいた。あの人は背中を見せるだけで、顔をこちらに向けないまま手だけこちらに差し出した。その手の上にはカード状の物体がのっている。

「それを持って逃げなさい」

 私は突然のあの人の言葉に動揺した。言葉だけが頭の中を駆け巡り、いまだにその意味を理解できないでいた。

「そこの床下倉庫がこの建物の外に繋がっているから、これを持って逃げなさい」

「でもなんで!」

「ごめんなさい。説明している暇はないんです。逃げて、下さい」

「私一人で?」

「この先必要になりそうなものは降りてすぐの鞄に入っています。逃げて下さい」

 私は何度もそう言うあの人の言葉に背中を押されるように、カードを掴み取り、扉を開けて飛び込んだ。
 上からの光を頼りに置いてあった鞄をあさり、すぐに必要になる照明器具を手にした。そして鞄を肩にかけた次の瞬間上からの光が途切れた。あの人は来なかった。
 その日から私の中のあの人はぼやけはじめた。






 数瞬の間のあと静かにティチェ隊長はこう言った。

「自分が大切な人からもらったプレゼントだから」

 そのときのティチェ隊長の悲しげな表情が今も頭に焼き付いて離れない。それこそが林檎の毒だろうか。



The end.




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