月と踊る


 ガンッと乾いた音が荒廃とした場所に響いていた。その音は古風な剣と剣が交わされる音。剣を交し合うのは一組の男女だった。一振りごとに汗が飛び、一振りごとに吐息が混ざる。それはとても一騎打ちをしているように見えなかった。まるで剣舞のようである。

「ほらほら、息が上がってきたーん。さっさと降参したらどぉー?」

「たまには俺に勝ちを譲れヨ。ンで、泣けー」

「絶対イヤ」

 ……この二人の変な会話さえなければ。
 ことの始まりはキャンプ地の移動のときに偶然レジスタンス『RD』と会ってしまったことだった。

「あ!!」

 最初に気付いたのはやっぱりトワだった。
 逆立てたくすんだ金髪にメッシュを入れて、赤い瞳を持つ『RD』の隊長―――ダニエル。全体的に細いような体つきをしているがそれは決して脆弱なわけではない。動くだびにはっきりとわかる筋肉に無駄が全くないせいだ。威厳のようなものも感じる悠々とした動き。ティチェ隊長ほどではないが年齢を裏切る外見だ。
 トワはダニエルの姿を確認するとすぐに俺の後ろに隠れた。

「ん? トワじゃないカ……ってことは『Cのアリア』かヨ」

 ダニエルは軽く舌打ちをすると重たいブーツを引きずるように俺に近づいてきた。いや、トワに近づいてきている?

「ルイっ!」

「平気だから落ち着いて」

「お前が『Cのアリア』のルイカ? 噂はいろいろ聞いてるヨ……さっそくだけど」

 ダニエルは笑って死んでくれよ、と言った。……違う。目が笑ってなんかいなかった。とても楽しそうに口を歪めているだけだ。同時に背筋が凍るような震えが沸き上がった。こいつはかなりヤバい。普通じゃなさ過ぎる。
 さっと周囲を見回すと『Cのアリア』は結構後ろの方を歩いている。助けを求めることなんて不可能なようだ。逆に『RD』のやつらも近くにいない。ダニエルの戦闘スキルが如何ほどかは知らないが好機ではある。
 俺は思いっきり拳にパワーとスピードを載せてダニエルの急所めがけて殴りかかった。スパーンッといい音が響き渡るが俺の拳が捕らえたものはダニエルの体ではなく、

「ルイ、タンマ♪」

 ティチェ隊長の小さな手だった。俺の手よりも一回り以上小さな手は確かに俺の拳を捕らえ、俺以上の力で押してきていた。それにしてもさっきまでティチェ隊長との距離は二〇〇メートル以上は開いていたはず。その距離をものともせず、人間の脚力をはるかに越えた速さで走るティチェ隊長は本当に人間なんだろうか。

「ダニエルも、懐から出そうとしている物騒なものを引っ込めて」

「ちっ」

 ティチェ隊長が行ったとおり、ダニエルは懐から手を出した。チラッと見えたのはイーグルらしき鉄の塊。あんなもので撃たれたら人間なんてひとたまりもない。
 そのとき視界の隅から白い物体のようなものが横切った。それは全く避ける暇も与えずダニエルの顔に当たった。

「軍手カ……? ティチェ、こんなもン投げんなヨ」

「うっわー、知らないんだ、お馬鹿さんがここにいるー」

「なにがだヨ!」

 ダニエルは自分の顔に当たった白い物体―――もとい泥で汚れた軍手をつまみ上げると嫌そうにティチェ隊長を見つめた。ティチェ隊長は得意気に胸を張って、

「投げられた手袋の意味は騎士にとって決闘の合図」

「騎士じゃないし、面倒だナ」

「決闘から逃げるんだ? 男じゃないね。それとも本当に男じゃなかったりして」

 くすくすっと笑って見せるティチェ隊長がいつもとは別人に見えた。いつもの天邪鬼、いたずらっ子と言うよりはいじめっ子、悪の大親分みたいな感じだ。ダニエルを見れば、凍りつくような眼差しでティチェ隊長を睨みつけていた。

「乗ってやるよ、その決闘!」

 かくして『Cのアリア』隊長ティチェVS『red death』隊長ダニエルの決闘の火蓋が切って落とされたのだった。



……

………

「なぁ、ルイ」

 二人の決闘の最中に話しかけてきたのは『Cのアリア』副隊長マサムネだ。かりあげた紺の髪にピアス。年齢はティチェ隊長と同じぐらいと言われてはいる。当然ティチェ隊長のような子供めいた顔立ちではなくちゃんとオジンの顔立ちだ。マッチョと言うほど筋肉が隆々としているわけではないけれども時代錯誤のスーツで体技を繰り出すその姿はティチェ隊長に負けないぐらい奇異であった。そしてなによりも俺を『Cのアリア』に引き込んだ張本人でもある。

「何ですか?」

「今回のトワちゃんも含めたこの騒動は政府の情報操作を利用したお前の抜き打ち入隊テストなんだよ」

「え」

 まじですか……まったく気がつかなかった。

「まずお前に課せられたのはトワちゃんを無事に連れてくること」

 マサムネ副隊長はそう言って今回の騒動の数々の種明かしを始めた。
 『RD』―――red deathというのは嘘。本当はred Danielからの略称で、『RD』が行ったと言われている数々の残虐な所業は政府の情報操作のたまもの。トワもそれに騙されていた。
 さらになんとティチェ隊長とダニエルは姉弟の関係でティチェ隊長はよくこういう決闘をダニエルにけしかけていじめているとか。
 つまるところ、レジスタンス『RD』はまったくもって悪者ではなく、むしろよいレジスタンスで『Cのアリア』と協力関係にあるということだった。トワも慈善事業の一環で闇市で奴隷売買されそうになっていたのを助けたということだった。

「信じられない……」

「まったくだ……」

 俺とトワはいまだに決闘を続けている二人の姿と副隊長の顔を見比べて唖然とするばかりだった。
 その時、ダニエルの剣がティチェ隊長の頬をかすめた。傷から血が流れ出るが拭うこともせずにそのまま一気に畳み掛ける。その剣裁きは真に優雅だった。
 ダニエルの剣がティチェ隊長の剣によって弾き飛ばされるとティチェ隊長はダニエルの首に剣をつきつけ、

「チェック・メイト」

 楽しげに微笑んだ。

「ふふふ、今回も私の勝ち〜ってことで、今回の約束は一週間女装の刑ね」

「くっそー」

 ダニエルは子供がするようにじたんだを踏んで悔しがっていた。

「ルイ」

「なんだ、トワ」

「なんかさ、ティチェ隊長にルイもダニエルもボクも踊らされていたみたいだと思わない?」

「そう、だな」

 ところで俺はこれで正式入隊となったのだろうか。深いため息を漏らしながらそう思った。



The end.




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