驪竜の珠


「ルーイー、めしー♪」

 トワの声に俺はぼんやりと目を開けた。もたれかかっていた木の幹から体を起こすとぴきぴきと使われていなかった関節と筋肉が音をたてる。
 キャンプを張っているところからなんとも言えないこう、食欲をそそる匂いが漂ってくる。どうやら今日の夕食は普段より豪華なものになりそうだ。

「トワ、慣れたか?」

「うん、ぶっきらぼうのルイと違ってみんないい人だし」

 トワはそう言ってにひひっと笑って見せた。初めてトワと会ったあの日からトワは変わった。栄養失調で痩せこけていた少年のような体には女の子らしく丸みを帯びた体つきになり、長い髪は結い上げるようになり、動きやすさ重視ではあるものの女の子らしい格好をするようになった。
 そして何よりもよく笑うようになった。とてもいい変化だ。
 問題はこれから先のことだった。俺がいるのは数多くあるレジスタンスの中でも一、二を争う力を持つレジスタンスであること。死者が今まで出たことがないにしても武力抗争が多い。
 トワを除くこのレジスタンスに所属する人たちは老人にしろ子供にしろ男にしろ女にしろ、自分の意思で武器を手に取り戦うことを決めた者たちだ。命を落とす覚悟もある。流れに身を委ねてこのレジスタンスにいるトワとは違う。
 かといってまだ幼い少女を戦場といっても過言のないこの場所に放り出すことも俺はできないでいた。
 自分の甘さに対峙しなければならない時が来たのかもしれない。

「ルイー! ぼんやりしていないで早く来いよ。お前の飯も食っちゃうぞ!」
「ああ、今行くよ」

 とりあえずレジスタンスの奴らに影響されたトワの言葉遣いを直す必要がありそうだと思った。

「ルイ。ボク、話したいことがあるんだ」

 突然真面目な顔をしてトワはそう言った。俺は黙ったままトワが話し始めるのを待った。ぽつりぽつりとトワは言葉を漏らし始める。

「ボクの、これから先の身の振り方なんだけど……」

「ティチェ隊長を呼ぶか?」

「まずはルイに聞いてほしいんだ」

 俺は判ったとでも言うように頷くと周りを見回す。朝食の場となっているそこは賑々しくて大切な話をするには不似合いな気がした。俺は使った食器の類を片付けると萎縮しているトワの肩を叩き「場所を移そう」と言って昨日の木陰に移動した。
 その場に座り、俺は話を始めるようトワを促した。

「僕は孤児だったんだ。戦災孤児ってやつ。それで町中をさ迷っているときに捕まって……売られたんだ」

「そうか」

「売られた先が『RD』ってレジスタンスで、ルイは知ってるよね?」

「ああ」

 『RD』―――red death。彼らの名前はレジスタンスの中では悪い意味で有名だ。レジスタンスと言うよりもならず者の集まりと言った方がより正確であると思えるぐらい危険な集団だ。依頼であればなんでも―――それが政府からのものであったとしても請け負うし、酒、煙草、薬、暴行、殺戮はあたりまえで、この前なんかは一つのレジスタンスがやつらの手によって全滅したと聞いている。そうやって作られた流血と炎の海に畏怖を込めて呼ばれる。

「ボクはそこで雑用みたいなことをやらされていたんだけど、ある日レジスタンス『Cのアリア』に所属する……その……」

「……なるほどな」

 ティチェ隊長から自分がやみ賞金首になっていることは聞いていた。しかしたいした報酬ではなく、リスクばかり高い賞金首だよと笑われた覚えがある。その話を聞いてから一ヶ月しか経っていない今、さほど賭け金が上昇したとは思えない。
 それに『RD』の隊長がこんな子供が人を殺せると考えているとは思えない。間諜に使うにしても自分の人となりを知っていなければできるものではない。仮に俺を殺せたとしてもたいした稼ぎにもならない。やつらにトワが踊らされていたとしか思えない。

「忘れろよ、過去のことなんか」

「え?」

「俺ら、『Cのアリア』は過去に関係なく俺達は家族だって言う意味をこめてティチェ隊長がつけたんだ。過去に捕らわれないで家族として支えあいながら前に進もうって」

 そう言ってぼんやりとキャンプを張ってある方を見ると白い髪にバンダナを巻いた快活なティチェ隊長がこっちに手を振っていた。俺はそれに軽く振り返すと改めてトワと向き合った。

「それで、どうするんだ?」

「ボクは、やっぱりこのレジスタンスに入りたい。みんなと戦いたい」

「…………」

 なんとなくだがトワがその答えを出すのを感じていた。本音で言えば反対だ。この答えを「ダメだ」の一言で潰すことはできる。他人の意見に流されたならともかく、トワがちゃんと自分で考えて出した答えだ。尊重してやりたいと思う。

「なんか父親になった気分だ」

「なにそれー、ボクは真剣に考えているのに」

 トワは風船のように頬を膨らませた。

「んじゃ、ティチェ隊長にお伺いを立てるか」

「ルイは反対しないの? 危ないとか、まだ子供だろっていう風に」

「トワが決めたことだろ。さすがに自殺するとかは反対するけどな」

 俺はズボンを払い立ち上がるとトワの腕を掴みティチェ隊長のもとに連れて行こうとしたが、その肝心のティチェ隊長が見つからない。



……

………

「隊長、いるならいるって言ってください」

「あははー。バレたー? わっと」

 昨日絵から飛び降りて地上に着地し損なって尻餅を着いたまま隊長はあははと笑っていた。三十路越えであると聞いているが初めて会ったときからどう見てもティーンにしか見えなかった。ただ戦場だと性格が一変して恐ろしく強くなったりとかしちゃう人。

「話は聞いたにー。覚悟はできていると言うことでよろしぃ?」

「はい、よろしくお願いしますっ」

「よしっ、これでトワりんも正式な家族〜ってことで歓迎会やるからルイが食料チョータツ行ってこーい。拒否権はなっしんぐ」

「ああ、わかったよ」

 こうして今日という日も終わっていく。この変化に富んだ平和な日々が毎日続くことをただただ願うだけだ。

「ルーイー、食料調達行くぞ♪」

「トワりんはメインだから仕事しなくてもいいよ」

「すっごい食料プラント知ってるからルイを引きずっていってくるー」

 危険を冒さなければ得られない日々に変わる前にこの幸せな日々を享受し続けていたい。

「ルーイー!」

「今行く」



The end.





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