戦場の未来
俺は手の中にある鉄の塊を転がした。転がしたというよりはもてあそんでいると言った方がより正確だろう。いつの間にかその鉄の塊が舗装された道の上に落ちていた。ため息をつきながらも僕はそれを拾う。
時は西暦3×××年。世界大戦と呼ばれるものが何度も勃発し世界は何度も滅びかけた。それでもしぶとくこの蒼い星にしがみつき寄生虫のごとく、細菌のごとく、ちっぽけな人間は生き続けている。
いつ壊れてもおかしくないこの大地の上で終わらない闘争と欲望の嵐を繰り返して、そのくだらなさに目を向けず。老若男女取り混ぜて。
だから必要だった。俺の手の中にある鉄の塊。これを持っていない人は赤ん坊とものも言わなくなった屍以外に見たことがないってぐらいに流通している鉄の塊。
瓦礫の街の中。噴水のふちに腰掛けて鉄の塊をもてあそぶ。その噴水はもう噴水としての機能を果たしていない。本来清らかな水がたたえられるべきところには粉塵が積もった瓦礫が転がるばかり。
今もこの瓦礫の街の中で乾いた音が響き渡る。共に聞こえる悲鳴にも慣れてしまえばやすやすと聞き流される日常のBGM。ただ自分が生きるという欲望に誰しもが夢中で他の事に目を向けないというだけだ。
その時、がたっという音に俺は慌てて縁石から立ち上がり音のした方に鉄の塊を向ける。そのままその場を支配したのは耳が痛くなるような沈黙と遠くで聞こえる略奪の音だった。
「あの……」
音がした大きな瓦礫の後ろから姿を現したのは年端もいかない少女だった。十歳前後だと推測できるその少女は体に似合わない大きなバスケットを腕に下げ、動きやすいシャツと短パンを着ていた。一見少年に見えるその格好の中で背中で揺れる長い黒髪だけが少女だと主張していた。
「……何か?」
俺は鉄の塊を少女に向けたままやっとのことでそう言った。この瓦礫の街を根城にしている避難民が少しいることは聞いていたがその避難民と"敵"を見分けることには多大な労力を使う。それに"敵"がどんな風に構成されているかわからない今、幼い子供にさえも鉄の塊を突きつけ、下手したら撃つことにもなるだろう。それが生きるための習慣である限り。
「サンドウィッチなんですけど、買ってくれませんか」
「サンドウィッチねぇ……」
俺は鉄の塊で少女をポイントするのをやめて、また同じように手の中でもてあそぶ。ついでにベストの胸ポケットから紙に包んであるタバコを取り出した。とうとう最後の一本。年代物のライターで火をつけるとやっと一息つけた感じがした。
まともな食事を摂ったのはいったいいつだっただろうか。ここ二週間は携帯食料のパテと温かいお茶を摂取した記憶しかない。肉や野菜など論外だ。
「肉か野菜が入ったやつなら買うけど、どうだ?」
「あ、あります」
意外にもあるようだ。近くにまだ動いている食料プラントでもあるのだろうか。だけど少女が慌ててバスケットから取り出したのは―――黒光りする鉄の塊。俺は迷わず少女を撃った。
「あっ!!」
俺の狙いははずさず少女の右手から鉄の塊が不似合いなからんからんという軽い音をたてて吹き飛ぶ。少女は手に強い衝撃が来たようで、胸元で右手を左手で包み鋭い視線を俺に向けた。
ちょうどその時だ。さっきまで遠くの方で聞こえていた略奪音が近くの建物から響いてきた。
俺は少女を肩に担ぎ上げるとその場から駆け出した。少女が何か文句を言っているが構っている時間はない。この場から離れることが何よりも優先される事項である。
「下ろせよっ!」
「馬鹿野郎、黙ってろ! 舌噛むぞっ」
俺のその言葉に少女は黙り込んだ。少女が掴んだままの大きめのバスケットがばたばたと何度も背中に当たって少し古傷に響いたが駆ける足は少しも緩めない。
瓦礫の街が左右に流れ、街の南側の入口が近づいてきた。一時は自分の鉄の空気を切り裂く音で自分たちの存在を感づかれたかと思ったが、その心配もなかったようだ。
厄介事から逃げられたと確認してようやく肩の上から少女を下ろす。少女はぐったりと地面の上に座り込むと青い顔をしてうつむいていた。
「気持ち悪……」
俺は何も言わず背中をさすってやった。俺の速さは少女の体には結構な負担だったようだ。
…
……
………
「で、どうしてあんたの命を狙ったボクなんかを助けたのさ。あのままボクを放置しておくこともできたはずだろ」
「……ルイだ」
「はぁ?」
少女は自分の会話を妨げられたことに対してあからさまに不満そうな声を上げた。地面から立ち上がるとズボンの汚れを払い、手近な瓦礫に腰掛ける。
「俺の名前だ。あんたじゃなくてそう呼べ」
「……ボクはトワ。で、なんで? ルイおじさん」
「俺はまだ十九だ」
ため息をつきながら再び鉄の塊をもてあそぶ。いくらなんでもおじさんはないだろう、おじさんは。いくら汚い格好だからといってそんなに老けて見えるはずがない。
「未成年なのに煙草なんて吸ってるんだ。まぁ、法律体制なんてとっくに崩壊しているけどね。で、なんで?」
年の割りに賢いと思ったがやっぱり年相応に好奇心も強いようでしつこく突っ込んでくる。思わず青空をあおいだ。
「子供が死ぬところを見たくないんだ。自分の手にも極力掛けたくない」
「甘いね。糞食らえだ、そんな理想。ルイがその時殺さないからってその子供がこれから先生きていけるとは限らない。死ぬよりも辛いことがあるかも知れないのに、ルイはそれを自分の甘さで潰すんだ?」
「でも、死にたいと思うやつがいる一方で生きたいと願うやつもいるんだ。甘いと言われてもな、自分の理想を螺子曲げようとは思わないよ。それが自己満足だと罵られてもね」
「…………」
俺はじっとトワを見つめた。まっすぐだったその視線が今は揺らいでいる。やはり最初からそのつもりであったようだ。こういう悪いことに限っているも当たってしまう。トワは―――を求めている。
「トワの名前は誰がつけた?」
「もう死んだけどボクの親さ」
「トワという字は昔の字でこう書くんだ」
俺はトワの手を取ると分かりやすいよう一文字一文字書いてやった。たとえ弱い理由であってもトワの生きる糧となるように祈りながら。
「意味は永遠。どうして親がこの名前をつけたかが分かったとしても、トワは死にたいと願うか?」
トワが目の前に現れてから変な感覚が拭っても拭っても消えなかった。それはトワの願いだ。死にたいという。一方で生きたいと願う声が違和感をずっと生んでいたのだろう。その時、トワはポロリと涙を溢した。
「馬鹿。お前は生きていていいんだよ。お前たち子供は俺たちの、戦場の未来の
欠片なんだから」
ちょっとくさいかなとトワを覗き込んだ。
「この甘ちゃん野郎っ!」
瓦礫の街の中でおだやかな風かトワの涙を優しく撫でた。
The end.
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