第八話・旅立ち




「で、何でローザがそんな荷物を持ってここにいるのよ?」

 フィアは思わず溜め息を吐いた。
 目の前には巨大な門。その巨大な門の前には二人の門番がいる。この門番も下っ端ではあるが、王国公認自治軍の一員だ。
 この港町には北・東・西の三箇所に門がある。北の門は王国の王都ファルシールへ続く道につながっており、この町に来る旅人や商人に多く使われる。フィアもこの門から町へ入ってきたのだ。
 東の門はあまり使われない。年一回の祭りのときか、または個人的な用・・・・・で東の門は開かれる。そのため、町の東にはいかがわしい場所やスラムとなっている場所が多々ある。
 そして、西の門。この門も北の門に比べたら、開かれることは少ない。ある種の人たちや依頼者がこの門を使用する。この道の先にはとある建物がある。―――そう、それが『聖教会本部』。
 フィアはローザリーが目覚める前に、詰め所を出てこの西の門を目指した。そのとき、ローザリーは確かにベッドの中にいた。今頃は本当だったら、聖教会への道を進んでいるはずだった。
 何故このようなことになったかというと、

「私はフィアについて行きます」

 つまり、完全に裏をかかれたのだ。

「仕事があるでしょう?」

「辞表を出しました」

「あのねぇ…………まぁ、いいわ」

 フィアはこめかみをさすった。まさか、ここまでするとはという思いでいっぱいだった。着いて行きたいと言うだけで、辞表を出してまで強引に着いて行くとは思っても見なかった。そういうところは、ローザリーの亡き父にそっくりだ。

「そういうことです。だから……」

「ダメよ」

 ローザリーの言いかけた言葉をつぶすように強く言った。ローザリーは思わず口をつぐんでしまった。フィアはそのまま畳み掛けるように言い続けた。

「あなたをこれ以上巻き込むわけには行かないの。……はっきり言うと、あなたなんかが着いて来ても足手まといにしかならない。今回の悪魔はそんなに強くなかった。それどころか雑魚よ。これから相手にしなければならない敵の力は強大なのよ。あなたにできることなんて何もないの」

「そんなことない!」

 ローザリーは手を握り締めて、フィアを睨みつける。

「それじゃ、フィアは私に対する責任を放棄するんですか?それに……強くなるために『聖教会』へ行くんです。これ以上、フィアの重荷にならないように……」

 パン! っと軽い音が辺りに響いた。
 フィアがローザリーの顔を平手で打ったのだ。ローザリーの瞳には涙が浮かんでいた。けれど、フィアを睨みつける目はしっかりしている。一方、フィアは冷ややかにローザリーを見ているだけだ。その顔には何も表情が浮かんでいない。

「…………わたしは……わたしは強くならなければいけないんです」

 消え入りそうな小さな声。強く手を握り締めて、今にも零れ落ちそうな涙を堪えている。けれども、瞳だけはフィアをまっすぐ見ている。何者にも屈しない、強き意思を持つ者だけに見出せる瞳。
 そんなローザリーをフィアはまっすぐ見ることができなかった。ここまでローザリーが来た時点で、ローザリーを置いていくことはできなかった。どこか昔の自分に似たフィアが昔の自分と同じ失敗を犯しそうで。怖くて。
 自分のように感情を心の奥で殺して、冷酷な人間に―――手が血で穢れてしまった殺人者になってほしくなかった。皆を助けられなかった分、ローザリーには笑顔で、幸せに暮らしてほしかった。
 でも、あのひとを倒さない限り、それはありえない。叶わない。それに、ローザリーをここに置いて行ったらどうなるか。あのひとに人質を取られたようなものだ。
 フィアの足かせとして。ただ、フィアを殺して世界を破壊するための道具として。
 フィアはローザリーに背を向けた。

「好きにしなさい」

「メディウム少佐!」

 辺りに、男の人の声が響く。その男はあわててこちらに駆け寄ってきた。フィアはローザリーに気付かれないように、そっと離れる。
 いい部下を持ったな、とフィアは一人つぶやくと門番に門を通れるようにしてもらおうと話しかけ始めた。そして、ローザリーよりも一足先に門を抜ける。

「イヴァン! あなたなんでここに……」

 ローザリーがイヴァンと呼んだ男は、昨日、ローザリーに仕事を押し付けられたあの男だった。男はローザリーの近くまで来ると、荒い息を吐いた。

「あ、あの……自治軍を辞めるって……」

「本当です。自分のすべき事を見つけたから」

 そう言うローザリーの表情は普段より明るく見える。

「今まで……今まで、本当にありがとうございました。御武運を!」

「……ありがとう」

 そして、今日までいた町に、愛着があった町に背を向ける。

「さようなら」

 ローザリーは振り返らなかった。そのまま、フィアのいる門の外までまるで風のように駆けていった。












 back     next