第六話・苦しみと悲しみと




 悪魔の額を貫いた銃弾の穴。そこから黒い墨汁のような液体が流れ落ちる。そして、それは銃弾の上に黒いしみを作り出す。流れは止まらず、次第に黒い水たまりができ始めた。

「…………っ!」

 背筋が凍った気がした。何か見てはいけないものを見たような感覚。『異質』と言われるそのものが垣間見えたような。

 ―――魔に耳を傾けた人は人でなくなる。

「!」

 ローザリーは周囲に目をやるがその言葉を発した者はいなかった。悪魔に向けていた緊張が緩んでいたことに、ふと気が付く。自分の緊張を高めるために数発、悪魔に向かって撃つ。
 悪魔はそれに対して防御も避けることもしなかった。腕を見ると、溜めていたはずの魔力も失ってただ立っていた。哀しいような目でこちらを見つめている。
 どこか様子がおかしかった。悪魔が涙を流して見えるのがおかしかった。目をこすっても変わらない。
「まさか、本当に?」

 不思議に思って、フィアの方を振り返ってみる。唱え終わったフィアの顔はいつもよりも蒼白だった。ただ魔法を使っただけでない白さだ。どこかおかしい。

「フィア?」

 思わず声をかけるが、何の反応も返ってこない。おかしすぎる。いったいフィアの身に何があったというのだろうか。
 フィアは黙ったまま何も言わない。悪魔は涙を流し、全く動かない。その状態がしばらくの間、続いた。

「……ローザ、ニゲテ……」

 突然、静かな空間にしがわれた声が響く。思わずフィアを見つめるが、フィアは静かに首を横に振った。まさかと思いながら悪魔を見る。

「……ローザ……」

 その声は確かに悪魔から発せられていた。自分の顔から血の気が引いていくのがわかった。

 自分の事を「ローザ」と呼ぶのは、故郷カンディア村の者だけ。ただ、あのひとだけはそう呼ばないが。
 ローザリーは思わずフィアをすがるような目で見つめる。フィアはその視線から目をそらした。そして、重たい口を開いた。
「そうよ……そうなのよ! このスフィンクス……カンディア村の人で作られているんだ! あのひとなら、それぐらいのことやりかねない……」

 そうつぶやいたフィアは力なくうなだれた。その表情は暗い。ローザリーもうつむいた。まさか、そんなことまでやる人だとは思ってもいなかった。
 この悪魔がカンディア村の誰かなんて信じられなかった。信じたくなかった。今すぐここから逃げ出したかった。この悪魔を倒したくなかった。

「うそです……うそです!」

「いいえ。言ったでしょ。あのひとならやってもおかしくはないって」

 ローザリーは唇を強くかみしめた。死んでもいたぶられる村の人たち。それも、死ぬはずだった自分のために。それを救うことのできない自分の無力も悲しかった。

「助ける方法はないんですか?」

「そんなものないわ。もう、完全に消すしかない」

 そう言ったフィアは二本の剣を手に取る。

「そんな! ダメです!」

「それじゃ、あんたがなんとかしてくれるの? あんたに何ができるって言うの?」

「ひっ……」

 今まで見たフィアの中で、一番冷たかった。無表情にそれを言ってのけた。まるで感情が欠如しているようだ。
 フィアは手に持つ剣を構えると床を力強く蹴って駆け出した。二本の剣が光を放ちながら悪魔を一閃した。その間、悪魔は全く動かなかった。それどころか、死ねることに安堵している風でもあった。

「……アリガトウ……」

 悪魔は砂のようになって崩れ落ちた。その砂もすぐに消えて、そこには古めかしい万年筆と青い宝石のはまったネックレスが残っていた。

「これ……お父さんとお母さんの……」

 ローザリーはその二つを手に取って、胸に抱いた。瞳から涙が零れ落ちる。それはとどまることがなく、次々にあふれてくる。

「お父さん……お母さん……」

 敵がいなくなった部屋の中で、ローザリーの鼻をすする音と、小さな呟きだけが聞こえる。
 そんなローザリーをフィアは冷たく見つめていた。まるで何も感じていないかのように。まるで涙など存在していないかのように。ただ冷たく見ているだけ。












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