第五話・魔法の力
フィアは唱えるのをやめると、
「結界を張ったからここにいないあのひとの遠距離攻撃は食らわないわ。実体なら入れるけどね。もし悪魔をよこしてくるようであれば、締め出すわけにいかないでしょ。周囲に被害を及ぼすわけにはいかないものね」
そしてローザリーのほうを見た。
「私はココにいます。原因は私にもあります。フィアだけが悪いわけじゃない……」
少しだけ震える唇でそう言う。その言葉にうそは無い。心からそう思っている。あのひとが私を殺そうとしてもおかしくはない。
「ありがと。大丈夫。ローザを死なせたりはしない。それに、これはあのひとにとって力試し程度だし。一応、ローザに『音速』、武器に『光属性付加』をかけといたわ。よっぽどの場合じゃなければ大丈夫よ」
『音速』はその名の通りすばやく動けるようになる魔法だ。下等悪魔ならば、ローザリーの運動神経で対応できるが、それ以上はきつい。少しでも有利であるために、かけたのだ。
もう一つの『光属性付加』。一般的に悪魔は光に弱いと言われている。そのため、光属性をローザリーの武器―――刀に付加したのだ。
「……来るよ!」
「はい」
フィアの悪魔感知能力―――『悪魔判別』は他の人よりはるかに優れている。ローザリーは目の前に来ないとわからない。その差が顕著に出ているといっても過言ではない。
音を立てて何かが窓ガラスを割った。ローザリーは思わず目を閉じて、両手で顔を守る。だが、一向にガラスが降りかかることはなかった。
そっと目を開くと、フィアが『守護結界』張って、ガラスの破片が身に降りかかるのを防いでいた。
ローザリーはあわてて拳銃をホルスターに戻し、刀を抜く。拳銃よりも、手になじんだ刀のほうがよかった。フィアもローザリーと同じように剣を抜き、右を上段に、左を中段に構える。
ガラスの破片の山が震え、そこから悪魔が現れた。悪魔は咆哮を放つと、立ち上がり、ガラスの破片の山から這い出てきた。その悪魔は、人間の頭、獅子の体に翼を持っている、二メートル以上の巨体。
「……スフィンクス……伝説の怪物か」
フィアは二本の剣で宙をなぎ払う。剣は風を生み、刃を持って、スフィンクスといわれる悪魔に襲い掛かった。
一見倒せるように思えたかまいたちは、スフィンクスに当たる目前で掻き消えた。そして、何事もなかったかのように、スフィンクスは立っている。
「な、なんで!」
「かけられているのよ。『魔法無効化』が。それを壊すから、時間稼ぎして」
ローザリーはフィアの言葉にうなずくと、フィアを背に、刀を中段に構える。心なしか、ひざががくがく震えていた。それでも、ここで背を向けるわけにはいかない。一方、スフィンクスの方は咆哮を放っている。どうやら威嚇をしているようだ。ローザリーとスフィンクスは睨みあったまま対峙していた。どちらも動かない。
そのまま、一秒一秒時は進んでいく。どちらも、動けばやられることがわかっていたのだ。いくら高等悪魔でも、<神の使徒>といわれるフィアの魔力は消せないのだ。
正直、フィアにとってスフィンクスは取るにも足らない相手なのである。本気を出したら、一瞬でチリ一つ出さずに消すことができる。ただ、問題がある。
まず一つは、ローザリーがここにいるということ。はっきり言うと、フィアにとっては足手まといにしかならない。だが、全くの足手まといではない。ローザリーは一般人ながら多少の能力を持っているし、シルバー・ブレットもある。
もう一つの問題のほうが重大だった。それは、あのひとが関わっているということ。いくらなんでも、フィアを今始末しようとはしていないだろうが、ローザリーを狙ってきたのは事実である。それもおそらく殺すつもりで。
先に動いたのはローザリーの方だった。神経を張り詰めて動かないままでいても、そのうち隙を見せてしまう。それならばと、こちらの方が先に動いたのだ。
ローザリーは床を力強く蹴ると、疾風のように応接室をかける。目的は悪魔ヤツの後ろに回りこむこと。あの巨体だ。後ろを振り向かせるだけでも、結構な時間稼ぎになるだろう。
案の定、悪魔はゆっくりと振り向いた。そして、腕を振り下ろす。だが、それは何もない床を破壊しただけだった。瞬発力を発揮し、再び悪魔の背に回っていた。
それを何度か繰り返すと、さすがに気が付いたのか、ローザリーが着地する場所を予測して攻撃してくる。だが、そんなのはローザリーの予測の範囲内だ。両足でそこに立ち止まらずに、片足でステップを踏んで、避ける。
悪魔の腕は何度も空振りした。いい加減、面倒になったのか、悪魔は魔力をためはじめた。ローザリーは思わず舌打ちした。
これが先程のように言語を解する悪魔であれば、同じように時間稼ぎができるのだが。しかし、できないものは仕様がない。
そんな無駄な考えを捨てて、次にしなければならないことを考える。一応、刀で悪魔を切りつけたが、表面を覆ううろこに阻まれ、全く傷つけることができなかった。それならばと思い、腰のホルスターを開け、シルバー・ブレッドが込められた拳銃を取り出す。
魔法を唱えることは、かなりの集中力を必要とする。つまり、その集中力を途切れさせれば、魔法が具現しない。
ローザリーは拳銃を悪魔の額らしき場所に狙いを定めて、引き金を引いた。軽い音を立てて、悪魔の額に向かって空気を切り裂いていく。銃弾は吸い込まれるように額にめり込み、向こう側へ抜けたかのように思えた。
そう思えたのだ。
back next