第四話・無力ということ
フィアに睨みつけられた悪魔は、その眼力に思わず逃げ腰になった。
「クッ……今日は帰らせてもらう……」
悪魔は舌打ちをして、ガラスが割れた窓枠に足をかける。そして、黒い翼を生やして空に飛び立とうとした。
だが、それは阻止された。
「お……おまえ何を!」
「帰られたら困るからね。たかが、下等悪魔でも、殺しておかないと。後で邪魔になっても困るし」
フィアはさらなる精神集中のため瞳を閉じる。ローザリーは邪魔にならないように、自分の拳銃を拾い、弾薬を込めなおす。
フィアに限ってめったなことはないだろうが、用心のためだ。援護をするためにも、武器は持っておいた方がいい。そう思って、自分の拳銃を強く握り締めた。
一方、悪魔の方は動けないでいた。別に誰かが押さえつけているわけではない。フィアの力。その力が空間に働きかけることで、悪魔の体をその間に留めているのである。
フィアは右腰に帯びている二本の剣を、すらりと抜き放つ。大きさは中剣程度。柄には、一本は透明な結晶体が、もう一本には黒色の結晶体が装飾されている。さらに、円盤状の鏡のようなものがついている。
鏡のようなものは、二〇〇年前に地上へ降ってきた隕石でできたものだ。能力者の魔力の増幅作用があると言われている。 能力者は大抵、そういった武具を持っていて、それは『ツール』と呼ばれているのだ。
対悪魔用剣型ツール『竜王零式』の『紅蓮』と『蒼水』。それが正式名称である。対悪魔用であるが、フィアのものは人間に対しても有効である。『紅蓮』と『蒼水』は普通の剣に『ツール』用の加工を施したものだった。
「下等悪魔にはツールで十分。魔力なんて使う必要などない」
フィアは疾風のように悪魔に駆け寄ると、そいつの核となる部分に正確に突き立てた。悪魔によける暇など与えなかった。一閃したのはほんの一瞬。
ローザリーの目にも見えないほどの速さ。邪まな力。そう言われる由縁が少し垣間見えた気がした。
悪魔は空気に溶けるように消え、そこには木でできた人形と、額にはめられていた赤い宝石が残されていた。宝石は妖しく光った。
ローザリーはほっとしたように息をつく。そして、安心して腰が抜けたのか、その場に座り込んだ。
「よかったぁー」
「本当に。部屋を出て逃げてくればよかったのに。手の込んだことに、呪もかけられてる。この部屋にね。ほかの人が、このことに気づかないようにするようなものを」
フィアは聞いたこともないような言葉をつむぐ。同時に宙に印を刻む。そして、手をパンッとたたく。すると、それが波紋のように広がっていく。これは略式の呪返し。呪破りとも言われている。
フィアがしたのは、正統魔術の一種である。一般人にできないその力で、いとも簡単に呪をつむぐ。印は古くから伝わる二四文字からなるルーン文字。文字と言われているが、崩してあり、模様のようにも見える。
フィアは突然、ピクリと肩を揺らした。
「……あ、破られた……」
ため息をつくと、再び唱えはじめ印を刻む。先程とは違う発音で違う印である。これも呪返しであるが、正式なものである。
その間、ローザリーは黙って見ていた。こちらができることは何もないし、何よりもフィアの精神統一を邪魔したくはなかった。相手はあのひとであるから。
ただ、銃弾をこめた拳銃を構えた。また、あのひとが悪魔を送ってこないとも限らない。下等悪魔なら、倒せるかもしれない。
ローザリーは冷静に自分ができることを判断していた。
一方、フィアは呪返しを終えると、再び唱え始めていた。どうやら、呪返しは成功したようだ。
けれど、あのひとはそのくらいでくたばるようなたまではない。
ローザリーもそれを承知の上、ここにいる。そして、強く拳銃を握り締める。今、自分のみを守れるのは自分の拳銃とフィアの能力だけだ。
本当なら、あのひととフィアを争わせたくない。けれど、自分ではあの二人を止めることはできない。あのひとにとっては火に油を注ぐようなものだ。
争いを過熱させることしかできない自分の力の無さがとてもはがゆかった。悔しかった。
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