第二話・悪魔
「……まさか、いるとは思わなかったよ」
「……だって、道に迷ったから……」
扉を開けたローザリーの前に現れたのは、同郷のフィア・ブレストだった。なぜ予期しない人物であるかは明白である。二人は、ローザリーがひったくり犯を撃退する三〇分ほど前に別れたばかりなのだ。部下が喜んでローザリーを迎え入れたのにも頷ける。
「……あの、もしかしてその腕の紋章は……」
女性はフィアの右腕を気にして、しきりにフィアのことを見つめていた。
「これのことですか?」
フィアは何も気にせず、右腕の袖をたくし上げた。そこに現れたのは、Wの紋章―――
「し、使徒様!わたくしのご無礼をお許し下さい!!」
女性は慌てて床に平伏した。フィアが右腕に持つWの紋章は、一番布教されている『神学』の中でも高く崇められる者だけが持つ紋章だ。
その女性も例に漏れず、『神学』の信者のようだ。それも、熱心な。
「使徒様だなんて……私はただの人間です。椅子に戻って下さい」
「で、でも……わ、わかりました」
フィアが女性を睨みつけたせいなのか、『使徒様』の言葉だからなのかわからないが、女性はおとなしく椅子に戻った。だが、フィアの腕の紋章を見てからというもの、どこかおどおどしている。
フィアはふっとため息をついて、
「……私がいないほうが良いみたいね。ローザの私室で待ってるから」
「ごめんね」
フィアはじゃ、っと手を上げて部屋を出た。
女性はほっ、と息をつく。そうとう緊張していたらしい。
「では調書を取らせていただきます。まず、あなたの氏名、年齢、住所をどうぞ」
ローザリーは調書用紙を左手に、ペンを右手に持って、女性を見つめた。
「フィーメール・イービルと申します」
フィーメールはにこりと笑った。
そのとき。
突然、フィーメールの額の宝石が、妖しく煌めく。同時に、黒く霞がかった煙のようなものが、フィーメールの体から出てくる。
ローザリーは嫌な予感がして、フィーメールの顔を見る。その顔に浮かんでいるのは、先ほどの笑顔とはうってかわった、背筋が凍るような笑み。
もしかして。
危険な推測が頭をよぎる。
あってもおかしくはない。
ローザリーは、震える唇でそっとつぶやいた。
「……悪魔……」
フィーメールは、少女の様子にうれしそうな表情を浮かべた。けれど、その顔はどこか残忍な雰囲気がする。先ほどの、清浄な雰囲気は微塵も残されてはいなかった。
そしておかしそうに笑いはじめた。その笑い声は次第に大きくなっていくが、それに気がついてこの部屋の戸をたたく者はいなかった。
「……クスクス……まさか、わかる人間がいるとは思わなかったわ。普通の人間でね」
カチャ。
ローザリーは、慌てて腰のホルスターを開ける。漆黒に輝く拳銃を手で握り締め、銃口をフィーメールへ向ける。手に汗をかいているような気がした。
「クスクス……そんなおもちゃが、悪魔に通用すると思ってるのかしら?」
フィーメールは椅子から立ち上がると、ローザリーに背を向け、窓の外を見つめる。
ローザリーの拳銃には、下等悪魔なら倒すことのできる可能性のあるものが詰まっている。
けれど。
倒すためには、正確に急所に当てなければならない。おそらく、そのチャンスは一回きり。確実を期するためには、慎重に動かなければいけない。
ごくりとつばを飲み込む。その音が大きく聞こえて緊張する。心臓の音が、大きく早く聞こえる。
「フィーメール・イービル……くだらない偽名ね。邪悪な女って?」
こちらの意図を悟られないように、にこりと作り笑いをする。
まだ、気づかれていない。おそらく、振り向いたときが最大のチャンス。拳銃をそっと動かし、照準を合わせる。
「挑発のつもり? まぁ、どちらにしろ、あなたの魂は食べるつもりなんだけどね」
背を向けたまま、そうつぶやく。
まだだ。
「契約者は誰? 答えなさい」
「答える義務なんて……」
悪魔がそう言いかけたときだった。
ローザリーは引き金を引いた。
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