第一話・白き少女
「まちなさーい!」
晴れ渡った街中に、女性のソプラノの声が響く。その声の持ち主は、女性というよりは少女に見えるが。
「ふん、誰が捕まるか」
少女が追いかけているのはガラの悪い男だ。男の手には女物のカバン。つまり、男はひったくりだ。
よく見ると少女の格好は王国公認の自治軍の制服であった。白いシャツに黒いネクタイとズボン、黒で縁取られた白いコート。背中の部分に王国の紋章が刻まれている。
「……面倒ね」
少女は舌打ちすると、片足で踏み切って宙に舞った。白いコートが鳥の羽のようにはためいた。そう、まるで白い鳥のように。
「う、うわぁ!」
男は、大声でわめいて逃げようとしたが、慌てたためか足が絡まり、無様に転んだ。それでも逃げようと後ずさった。
「……観念しなさい」
少女はすたっと着地した。そして、腰に下げている一本の刀をすらっと抜いて刃を男に向けた。
「……死ぬのと、逮捕されるのと……どちらがいい?」
男に刀を向けたまま無表情に問うた。それは抜き身の刀そのものであった。
「い、いやだ!お、俺は死にたくない……」
諦めたかのように、両手を差し出し、頭を垂れた。少女は無言で刃を納めると、コートのポケットから縄を取り出し、男を縛り上げた。そして、連行しようとしたときだった。
背を向けた少女に向かって、男は隠し持っていたナイフを振り上げた。男は勝利の笑みを浮かべていた。
しかし。
ナイフが少女に刺さることはなかった。
少女は咄嗟に男の腕を掴み、ナイフを叩き落した。ナイフはからんっとおとを立てて、地面に落ちた。
「……公務執行妨害を追加。前科もあるから……死刑になるほどの罪ではないけど、それなりの刑を覚悟しなさい」
男は本当に観念したように、うなだれていた。あとの仕事は、その男を詰め所に連れて行くだけだ。
二人の周囲には、辺りの人々が集まっていた。―――つまり、野次馬である。捕り物を見に集まったのだ。少女にとっては仕事でも、彼らにとっては、娯楽の一つでしかないのだ。
「……すみません……通してください……」
群衆のざわめきの中から、女性の小さい声が聞こえてくる。
耳聡い少女は、群衆の中から聞こえた女性の声の主が、ひったくられたカバンの持ち主であると感じた。しきりに周囲を見まわすが、それらしい姿を確認することはできなかった。
諦めたように、ため息を一つつくと、
「……その女性を通してあげてください」
少女のソプラノの大きめな声が群衆に届いたのか、群集が割れ、女性が姿を現した。女性は少女の顔をじっと見つめ、こちらに近づいてきた。
長い黒髪の、優しそうな女性。ただ普通の人とは違うところがあった。それは、額の上部にはめられた大き目の丸い宝石。その宝石が冬の弱い太陽の光に照らされて、赤く煌めいた。思わず、少女はそれに見入った。
「あの……」
女性の小さな声に、慌てて我に返る。
不思議なことに、あれほどやかましかった群衆が静まり返っていた。皆、女性の清浄な雰囲気に圧倒されているようだ。
「……あ、ああ。これですね」
「ありがとうございました」
「……いえ、当然のことですから。調書を取りたいので一緒に来ていただけますか?」
女性にカバンを手渡して、そう問うた。
「ええ、もちろん」
にっこりと笑う。
「ご協力、感謝します」
頬が熱くなってる感覚がした。女性の雰囲気に当てられたせいか、動きすぎたせいか知らないが、どうも今日は調子があまりよくないようだ。
少女は男と女性を引き連れて、群衆の輪を抜けた。群衆の輪は、まるで花道ができるように綺麗に割れた。
そのまま、近くの詰め所に連れて行く。この場所から詰め所まで、ほんの数分の距離。
「ああ! ローザリー・メディウム少佐!」
詰め所で、ローザリーと呼ばれた少女をもろてを上げて迎え入れたのは彼女の部下だった。
「いったい、何の騒ぎ? こっちは仕事をしてきたっていうのに……」
ローザリーはため息をつき、部下を睨みつけた。その上司の様子に部下は焦って敬礼をする。
「し、失礼しました。……ところでそちらの二人は?」
「引ったくり犯とその被害者よ。犯人の取調べはあんたがしなさいよ」
ローザリーは部下にそう命令すると、女性を応接室に案内する。
「こんなむさくるしいところですみません」
「いえ、お構いなく」
軽い社交辞令を交わす。
ローザリーはようやくたどり着いた応接室の扉を開けた。そこには、予期しない人物が待ち受けているとは知らずに。
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