第十四話・偽りの箱
ウィザード協会の誘拐予告日の前日。
フィアは最後の確認のために城内の警備状況を確認していた。気さくな衛兵は気軽に話しかけてくれたりしたが、初めて会った衛兵は『神の使徒』と言うことに遠慮して重々しい敬礼なんかをしてくる。
『聖教会』に所属すると言うことはそういうことだということを感じだ。聖なる『神の使徒』として一般人の指針となる―――つまり簡単に言えば見世物になってくださいということだ。誰かがそんなことを口にしたわけではないけれど、古き機構は失われ、あるのは偽りの正義の神に作られた平和。
ぼんやりと回廊を歩いていると冷たい空気を感じた。いつの間にか王城の裏手まで来ていた。王城の裏手は明日衛兵の配置を大きく変えるため念入りにチェック済み。さほど見る必要もないけれど一応念のために軽く見ようと歩を進める。
「……ぉ……」
「ま……ぃ……」
奥の回廊から話し声が聞こえる。声からして国王と対面のときにいた側近の一人かなんかだろう。こんなところで話す内容だ。さほどたわいもない内容か、かなり危険な内容か。フィアは回廊の柱に隠れてそっと近づいた。
「……明日、本当に『聖教会』なんぞに護衛を頼むおつもりでございますか?」
「仕方がなかろう。あれが勝手に依頼なんぞをしてしまってな。やはりもっと早く『聖教会』に押し込んでおくべきだったな……」
「今からでもいざとなれば盾ぐらいには使えましょう……」
まだ国王と側近が何かを話しているようであったが、それ以上話を聞く気にはならなかった。フィアは「何が国王だ……」と呟くと足早にその場を立ち去った
適当に回廊を走ってやってきたのは色彩豊かな薔薇園。四季折々様々な薔薇を咲かせることで有名だ。王侯貴族の間で。フィアは思わず歯ぎしりした。
その時、薔薇の生垣の隙間から黒い日傘とドレスが見えた気がした。黒い布に誘われるようにフィアはそちらに駆け出す。
「ぁ!」
そこにいたのは楽しげなオベリスクとまんざらでもなさそうなラルドだった。オベリスクは日傘をさしながら歩いて薔薇の蕾を摘み、その後を籠を持ってついてまわるラルドの姿。幸せそうなその二人の姿に先程と同じように隠れてしまった。
「オベリスク、本当にいいのか?」
「ええ。私は自分が自分であるためにもお母様のためにも王女であるためにも『聖教会』には入りません。確かに『聖教会』にはいれば身の安全は保障されるかもしれないけれど、私がもつ『悪魔判別』に負けてむざむざと入る程私は弱くありませんわ」
二人の会話から推測するに、ラルドが『聖教会』所属の勧誘をしているといったところ。おそらく那智のさしがね。ここ二ヶ月の二人の様子からして那智にラルドは頭が上がらない様子だった。
「例え今回のようなことが起きてもか?」
「ええ。私は将来女王として立つお姉様を一介の軍人として支えるつもりです。宗教的権力なんて結構。『神の使徒』でもあればまた別問題でしょうが」
そういうオベリスクは戦いの終わりの時のローザリーと同じ表情だった。強い決意と揺るがぬその思い。フィアの持つ決意とは違うものだった。
もうそれ以上フィアはオベリスクとラルドを見ていることなどできなかった。自分だけの何かを持つローザリーとオベリスクが眩しすぎて。自分がとても汚いもののように思えて。
駆け出して王城内の与えられた一室にフィアは飛び込んでベッドに体を投げ出す。そのまま発作でも起きたように何度も何度も荒い息を繰り返した。
「私がしてきたことは全部十年前の責任を果たすためで……義務で! 全部、全部、全部!」
ローザリーを守ろうとしたのも『聖教会』に入ったのも、レイナードを止めるのも、戦う理由の全てが責任と義務から生まれたもので、自分の正義感から生まれたもので未来も夢もなかった。何もなかった。全てが偽りの思いだった。
涙を流すことのできない未来の英雄は白い海の中で小さな子供のように肩を震わせていた。
「私は偽りの王女。だからこそお姉様を助けようと思ったんです」
「自分と似ているな」
場所は変わって薔薇園。ラルドとオベリスクは薔薇の蕾を摘みながら話に花を咲かせていた。暗い暗い変えることのできない過去の話だ。
「だからこそ、ずっとラルドさんにお話したかったんです」
いつも無表情を保っていたラルドの瞳がわずかに揺れた。それは驚き。普段絶対の無表情を保っているラルドにもたらした小さな波紋がゆっくりと広がっていく。
「二十年ほど昔のことでしょうか……」
静かに箱が開けられた。
二十年ほど昔のことでしょうか。ある旅に出ていた騎士がおりました。その騎士は金髪碧眼のたいそうな美青年で王都にいた頃から様々な女性に騒がれておりました。
あるとき旅に出ていた騎士は北にある小さな村を訪れました。その村では農業と刺繍で日々の生活をまかなっていたのですが、騎士は町で売られていたすばらしい刺繍の入ったタペストリーを見てその村を訪れたそうです。
その刺繍をしたのはすばらしい銀の髪と青い瞳を持つ心優しい乙女でした。その乙女は騎士を手厚くもてなしました。
やがて騎士が訪れた春が過ぎ夏に差し掛かる頃。二人はひかれあい結ばれました。
やがて騎士は次の春に迎えに来ようと言って王都に帰っていった。しかし、騎士は次の春にもその次の春にも来ることはありませんでした。
「それから十年後、今度は王都の視察として彼はその村を訪れたのですが、乙女は病で死んでいたのです」
「騎士はこの国の王、乙女は貴女の母親、その二人の子供が貴女というわけか」
ラルドは摘み取った薔薇の蕾をもてあそびながら呟いた。風がラルドの金髪とオベリスクの銀髪を揺らし、太陽の光がきらきらと反射していた。
「私は第二王女だったこともあって、政権争いに巻き込まれることもありませんでしたわ。でもラルドさんは違いますわね? 私が知る限り……」
「オベリスク王女様。ご自分の話をしたからと他人の過去をかぎまわるのはよくありません」
さっとオベリスクの頬に朱の色が走る。手は強く握り締められて、体は震えていた。
「失礼いたします」
ラルドはそう言ってその場を辞して部屋へと戻っていった。重たい薔薇の香りがオベリスクの体に深くまとわりついて、その場から立ち去ることを拒んでいた。
「私は、そんなつもりでは……!」
王女として泣くこともできずに、ただオベリスクはそこに座り込んでいることしかできなかった。
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