第十三話・英雄の箱




「『神の使徒』様が到着なさった!」

「ようこそ、王都ファルシールへ!」

 使用頻度が一番少なく、一番人が少ないはずの西門から入ったはずであったが……予想外の歓迎モードとでもいうか、門をくぐるやいなや道や窓から顔をのぞかせている人から花を投げられ、紙ふぶきが宙を舞っている。まさに、町をあげてのお祭り騒ぎだ。
 歓声といつの間にか流れる楽隊の音楽。頭が痛い。フィアはため息を吐いて、隣を歩くラルドを見上げた。本人は何事もないかのように冷静でいつもの冷たい表情だ。そんな顔をしていられるラルドが羨ましい。
 王城の門をくぐってから始ったこの馬鹿騒ぎは、結局王城の前まで続いた。それもこれも、こういったくだらないことが楽しみな民衆がついてきたためである。もちろん魔法を使えばこのうるさいやからを引き離すことは容易かもしれないが、気が抜けて魔法を使う気にもならなかった。
 できれば静かにとは言われないが、普通に王都入りしたかった。これではもう、ウィザード協会に聖教会の『神の使徒』が王都に到着したことがばれてしまった頃であろう。何のために急いで来たかと考えると泣きたくなった。変装でもしてメジャーな南門からもしくは北門から王都に入ればよかったと思うほどだ。
 そう考えているうちに王城がすでに目の前にあった。何度見ても見慣れることのない豪壮華麗なバロック様式の城だ。その前には広大な庭があり、王城の入口まではまだ若干遠い。
 上下を赤い制服に身を包んだ王城の衛兵がすぐさま民衆とフィア、ラルドを分離する。数人の民衆は騒ぎを起こした様で数人の衛兵に捕らえられていた。

「要請を受けた聖教会本部所属のフィア・ブレストとラルド・ユンファーです」

 フィアはそういって聖教会の紋章と王家からの王家の紋章入りの書状を提示する。向こうはもうこちらが到着していることを知っていると思うが、一応念のためだ。聖教会に扮したウィザード協会の手のものとでも思われたらとんでもない。そうは言ってもリアルト王国だってウィザード協会だけではなく聖教会のことも快く思っていないのは確かであろう。国王なんてそんなものだ。
 王城の衛兵は敬礼して、

「お聞きしております。遠いところをようこそお越し下さいました。こちら」

「待ちなさい」

 凛とした声が響いた。漆黒を基調としたドレスで、背中は大きく開いている。首もとはリボンで飾られ、手袋などは黒のレースだ。銀髪混じりの髪は黒い薔薇の造花で結わえてある。左手で黒い日傘を持つその姿は葬送を連想させる。

「オベリスク様」

「『神の使徒』はわたくしが父の元に案内します。あなた方は通常業務に戻って下さい」

 衛兵は敬礼をすると民衆の騒ぎを抑えるために門の方へと走っていった。

「申し遅れました。わたくしはオベリスク・フォン・リアルトと申します。今回あなた方の警護対象であるこの国の第二王女ですわ。しばらくの間、よろしくお願いします」

 オベリスクは軽く口元をゆるめて言った。フィアもラルドもそれに軽く頭を下げた。

「それでは父の元に案内します。ついて来て下さい」

 オベリスクは軽い靴音を立てて先頭を行く。フィアとラルドはオベリスクより一歩以上後ろをついて歩く。フィアは歩きながらこの王城の地図を頭の中で作り、危険な場所とそうではない場所を瞬時に分別する。

「…………さん」

 そんなことをしながら歩いていたため、オベリスクに声を掛けてもらっていてもなかなか気づかなかったのだ。

「あ、はい」

 オベリスクは慌てた様子のフィアに笑いを漏らした。手を口元に当てて笑う、いかにも育ちの良いことをうかがうことができるような笑い方。

「フィアさん、覚えていないかしら? 十年ほど、そうよ、十年ほど前に教皇ファウスト様に連れられてここに来たことを」

 どくん、と胸が高鳴った。十年前は、十年前は全てが始った日。世界を破壊すると言うくだらないことを兄に決意させた時。そして、自分の魔力ちからが暴走して炎の中に大切な人を投げ込んだ時。
 始めて人を殺し、殺人という罪を背負い、罰から逃げ出した時だ。嫌だ。

「知らない! 私はあなたとは初対面だ!」

 フィアはいつになく声を<荒げていた。琴線に、箱に触れられたかと思った。とても怖かった。あの日の感覚が甦るということが。自分の手で人を殺したんだと見せつけられることが。
 手と背中にじっとりとした汗をかいていた。指先や膝ががくがくと震えているのが分かる。寒くはないのにまるで寒いかのように体が震える音が。おまけに頭がクラクラしてきた。

「フィア」

 ラルドの冷静な声にフィアの呼吸もおちついてきた。たったこれだけのことで動揺するなんてどうかしているのだ。何かの呪文のように心の中でおちつけ、おちつけと呟く。

「……オベリスク様、失礼いたしました。私の記憶にある限りここにはじめてきたのは三年前だと思います。おそらく、私と誰かを間違えているのだと思いますよ」

「そう……ですか」

 たぶんオベリスクが言っていることは正しいのだろう。しかし、フィアにはどうしても思い出すことができなかった……というよりも思い出したくなかった。その頃がちょうど一番思い出したくないことに一番近いからだ。
 ラルドもそれとなく察してくれたらしい。改めてラルドがいてよかったと思う。

「ラルドさん、またお会いできて光栄です」

「どういたしまして」

 ラルドとオベリスクは面識があるようだ。会話から推測するに王家から聖教会への何らかの依頼でラルドがファルシールへ赴いたのだろう。
 それにしても、さっきからオベリスクはかおを赤くしたりもじもじしたりと忙しい。ラルドのこと・・・・・・を見上げてちら身をしてはかわいらしく頬を染めている。何てわかりやすいものなのだろうか。
 フィアはほんの少し滞った平和的なこのムードにため息を吐いた。羨ましいとは今さら思わない。ただこの小さな悩みを抱えるような平和があればいいと思っていた。今その願いが叶わないと分かっていてもそう思わずにはいられないほどに。
 次第にオレンジ色の太陽は暖かい光で町や城を舐め、緑の木々と山々がその姿を覆い隠した。全てを飲み込む闇の色が少しずつオレンジの色を侵食し、消していった。その様子はまるでこの世界の終わりを暗示しているかのように深く、暗かった。













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