第十話・敵の名前
「で、お二人はどうしてここに?」
腕に]の紋章を持つディグオニクス・リジュー―――通称ディーがたずねた。ディーの外見はまだ少年だといえるほど、幼い。おそらく、ローザリーよりも年下だろう。外見を見ただけでは、何のツールを使っているかもわからない。けれども、気配を感じさせない身のこなしで只者ではないことが伺える。
「どうしてかは、あなたたちは十分に知っているはずだと思うけど? 重要依頼者のための道を選ばされたんだもの」
フェアはディーをきっと睨みつけて言った。その迫力に押されたのか、ディーは口をもごもごして黙ってしまった。
その様子に思わずフィアは溜め息を吐く。能力は十分にあるようだが、精神的なものはないのか、押しに弱い。これが師匠のファウストだったら、うまく丸め込んで、こちらのほしい情報を引き出すのだが…………まぁ、ただ口がうまいだけともいえるが。
「……で、どうしてそんなことを聞くのよ?」
「それが、フィア様の師であり、聖教会の教皇であられますファウスト様からは、一つの連絡もなく……こちらとしても、一体どうしたらよいか。そのため、事情をお聞きしようと、最速の道を用意したのですが……」
「様をつけなくていいわ」
フィアはまた溜め息を零した。使えるとか使えないとか、そういう問題ではなかった。てっきり、こちらの情報が全て聖教会に流れていると思ったら、そうではなかった。
あのバカ師匠は、『よろしくと書簡を送っとくから大丈夫!』とか言ってたと思ったけど、結局何もしてくれなかったようだ。頭を抱えたくなった。
「こちらへどうぞ」
案内された扉は、普通よりもやや大きめだった。木製で外見だけでも重量感がある。聖教会のシンボルである薔薇と十字架をあしらったレリ−フが施してある。
フィアとディーの会話が耳に入らない程、緊張していたローザリーは、この扉の美しさに思わず見とれていた。とても人の手で作られたとは思えない。
一方で、この向こうに聖教会所属の『神の使徒』がいるということに、神経が高ぶる。今までフィアと共に育ってきたからこそ、『神の使徒』の真の力を一番わかっていると自負している。しかい、フィアと同等の、またはそれ以上の力を有する『神の使徒』がこの向こうにいる。
手のひらにじっとりとした汗をかいているのがわかった。
「行くよ」
フィアはそう言って扉に手をかけた。ローザリーは黙ってそれにうなずいた。
ぎぃ……という音を立てて重い扉が開く。そこにはどこにでもあるようなテーブルや椅子がいくつもあった。普通ではないのは、テーブルと床にうず高く積み上げられた書類の山と、そこにいる人である。
フィアとローザリー、そしてディーはその部屋に入った。ディーは重たい扉をそっと閉める。
「……ファウストの弟子のフィア・ブレストさんとローザリー・メディウムさんですね」
そういって立ち上がったのはめがねをかけた長身の男。腕も細く、とても『神の使徒』とは思えない体つきだ。一見へらへらしているように見えるが、眼光は鋭い。油断は禁物だ。
「司教の千早那智です。一応今は教皇であるファウストの代理を務めています。これでも、Vの紋章を持っているんですよ。よろしく」
那智はフィアに手を差し出す。けれどフィアはそれを一瞥しただけで、握手しようとはしなかった。
「私はフィア・ブレスト。こちらはローザリー・メディウム。彼女は元王国公認自治軍少佐だったの」
ローザリーはフィアの言葉に反応して、頭を下げた。それに、那智も差し出していた手を引っ込めて頭を下げる。他の『神の使徒』は一動もしない。
「それで、ここに来た目的は?」
「一つは聖教会に正式所属すること。もう一つは…………ここ最近、悪魔を操っている人物を倒すこと」
前者にはうんうんとうなずいていた那智だが、後者には驚いているようだ。悪魔を操るなんて発想さえなかったのだろう。
フィアの言葉に納得したように、ああと言ったのはディーだった。那智はイマイチ納得できずに、首をかしげている。
「あの……それってウィザード協会ですよね?」
ウィザード協会。それは聖教会に敵対している組織である。一般に、聖教会が聖なる力を持つものの集まりであるのに対し、ウィザード協会は邪な力を持つ者の集まりであると言われている。
ウィザード協会は魔女の集まりであるとも言われてきたため、一般じんにとっては畏怖の対象でしかなかった。
「違うわ。あのひと…………いえ、私の兄レイナード・ブレスト…………Uの紋章を持ち、聖教会とウィザード協会のどちらにも所属していない人物」
部屋の中の空気が一段と重くなった。ローザリーは思わず息を呑む。今までもそういった話をしたことはあったが、名前を出すのと出さないのとでは重みが違う。
「先日、テフヌートにある王国公認自治軍の詰め所が悪魔二体に襲撃にあったわ。幸い、私がその場に居合わせたから、被害は窓ガラスだけですんだ」
那智はあっという顔をした。昨日届けられた窓ガラスの修繕費の領収書は、これだったのかと納得する。
「それで私達にどうしろと? ローザリーさんの護衛でもすればいいのですか?」
「そんなことをしても全くの無駄。すべきことは一つ。ローザリーには私のパートナーになってもらおうと思ってる」
「パートナーですか……ローザリーさん、何か能力はお持ちですか?」
突然那智は、ローザリーに話を振った。ローザリーは慌てて考える。能力と一口に言ってもいろいろあるが。
「一通りの武術の心得……それと『悪魔判別』の魔力ちから がありますけど……」
ローザリーの言葉の最後のほうは、ほぼ聞き取れないほど小さな声だ。ローザリーはそのまま下を向いてしまった。
力を得ることができなければ、強くなることができなければ、いつまで経ってもフィアの重荷となってしまう。そしていつか、フィアを世界を滅ぼす原因となってしまうかもしれない。
そんなのは絶対嫌だった。何よりもフィアまでもがいなくなるなんて耐えられなかった。もうこれ以上大切な人を失いたくない。
もう、誰も失いたくなかったのだ。
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