第八話・相棒 −Best Pal And Worst Enemy.−
「セシル殿下、どうして私を殺さなかったんですか? 殺すつもりで戦っていたんじゃないですか?」
血が染み込んで変色し始めたカーペットを残して、人がいなくなった広間に響くのは、男性的な低い声。そして病的なコバルトブルーの髪を持つその男は、深くて暗い青の隻眼で眼前に立つセシルをとがめるように見つめていた。
「本気を出していないのに、そんなことを言うものじゃない。それに私よりも強い貴方を殺すのは惜しい。……こちらも聞きたいさ。何故本気を出さないんだ?」
レイリーは目を細めて曖昧に笑った。この様子だとセシルの疑問に答えるつもりは全くないらしい。思わずため息が漏れてしまった。
「これからは一蓮托生だな。よろしく、レイリー」
そう言いながら右手を差し出したセシルに、レイリーは苦笑しながらもセシルの手を握った。
「レイリー・ロードです。レイで構いません。……女みたいな名前であまり気に入っていないですけどね。よろしくお願いします」
「私のことも殿下と呼ばないで。ただのセシルでいい。それに……隊長が副隊長に敬語というのはおかしいと思うんだが……?」
「わかりま……じゃなくて、わかった」
握手し終えた二人はくだらない言葉の掛け合いで笑いあっていた。そこには見世物の戦いで見せた冷たさも暗さもなく、年相応の人間にしか見えなかった。
アレスティア王国第五師団の奇襲攻撃により、アレスティア王国対イグアルト共和国の戦争、後にはオヴィディウス帝国も参戦し、三つ巴となった戦争が始ったのは、セシルが二十五歳のときのことであった。この戦争は二十年という長期にわたって続いた戦争であったため、『二十年戦争』と呼ばれるようになる。
第五師団第三遊撃隊隊長レイリー・ロードと副隊長セシル・アレスティアはこの戦争の開始当初から活躍した。その功績により役職の昇進の話があったが共に辞退し、前線で戦い続けることを望んだ。彼らはお互いに最高のパートナーであった。
この戦争自体は二十年後のレイル・スカーレットの停戦宣言まで続くことになる。このときはまだ誰も知らないがこの戦争の犠牲者はオヴィディウス帝国での『血染めの地獄』をはるかに超えることとなる。
「はぁっ!」
ずんっと重たい手ごたえと共に、目の前の敵の頭から血が噴出した。粘液を引きながら眼球が落ち、脳髄が撒き散らされる。しかしそれをゆっくりと眺めている暇はセシルにない。
敵がすぐ真後ろにいる気配を感じた。大剣を振るう時間はない。セシルは身をかがめて前へ飛びながら左手でホルスターを開け、拳銃を手に取った。敵の剣が一秒前まで自分がいたところに振り下ろされるのを見ながら、引き金を引く。
弾丸が敵の心臓に突き刺さるのを悠長に眺めていたら遠距離からの狙撃。かろうじで剣で防ぐが、前方から二人、後方から一人、敵が近づいていた。狙撃手が一人として、計四人。腕が二本以上あるわけでもなく、改造人間でもないセシルには少し荷が重い。その上、剣術においては初心者である。
「破っ!!」
魅力的な低い声が響くのと細身のレイピアがひらめくのはほぼ同時であった。その細い切っ先はセシルの背後に迫っていた敵の喉を正確に突いた。喉からレイピアを引き抜くと鮮血が噴出し、敵は荒い呼吸を繰り返しながら絶命していった。
セシルが正面から来た敵を一人殺すのを横目で見ながら、前へ駈ける。駆けながら手の中のレイピアと短銃を入れ替え森の茂みに狙いをつけ、何発も撃った。
ぎゃ、と短い悲鳴を聞いて、彼は手の中の武器を素早く変える。そうして、悲鳴がした茂みに向かって駈ける。案の定、そこには倒れている一人の兵士がいた。銃弾は肩に被弾したのか、顔を歪めながらも、銃を握り締め銃口をこちらに向けていた。
「残念ですが諦めて下さい」
そういいながら彼は手の中にあるレイピアさえ、腰に戻してしまう。兵士は油断しているようにしか見えない彼に向けて、引き金を引く。が、
「え」
引き金にかかっていたはずの右手の人差し指がなくなっており、鮮血が噴出していた。彼の早業に兵士は唖然として彼を見上げる。彼は何も言わずその兵士の止血を行なうと、拳を腹に叩き込んだ。あっけなく気絶した兵士を用意していたロープで縛り上げ、一応武器を取り上げて茂みを出る。
「ありがとう、レイ」
彼が倒した以外の敵をあっさり片付けたセシルが彼の前方から近づいてきた。茶色の髪で黒衣を纏った死神は血を浴びた格好で微笑んでいた。
「私の加勢なんて必要ないみたいだな、死神」
レイリーも血にまみれたレイピアを腰にさしなおして、笑顔で答える。もちろんだが、レイリーの衣服も血と砂埃にまみれている。
「そんなことない。ホント、いいパートナーだよ。お互いにね」
「そうかもな」
笑顔で戦場を駆けるのは死神と騎士
血にまみれ、罪にまみれたその手で
さらに命を狩り、罪を背負う
粉砕し、切断し、貫通させる
ただ自分の信じる何かのために
ただ心の中に思う何かのために
ただ唯一の目的のために
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