第九話・罪状 −The Consideration Of Betrayer.−



 心の底では復讐をもうやめてもいいのではないかと思うようになっていた。なぜなら、戦いの中に身を投じながらも必ず勝利する、あまりにも平凡で平穏な"昨日と同じ今日、今日と同じ明日"が続く毎日であったからだ。

 けれど、世界はそんなに優しくないし、甘くもない。世界は厳しいし、辛い。この天秤はいつだって平等で釣り合っており、幸福な日々があればあるだけ、その逆の日々も降り注ぐのだ。

 永遠に続く幸せがあればいいと、願わずにはいられないほど。

 無慈悲に。







「レイ、いつも通り平気?」

 義父から与えられたセシルの自室のベランダに白いテーブルと椅子を置いて、お茶をする。ちょうど中庭に面しており、緑と風を感じながら行うお茶会は戦いで荒れた心を癒してくれる。これは日常的に行われる行為でもあるのだが、この日のセシルはいつもなら決して口にすることのない疑問を口にしていた。
 それはここ数日、頭の片隅でずっとくすぶり続けていた質問で、今日とうとう口にしてしまったのはそう尋ねなければならない何かがあったからだ。その"何か"は曖昧でもやもやしたままで、その真の姿は現さない。そして、心の底で黒いもやもやをはき続けているのだ。

「ああ、平気だが……?」

 レイリーはティーカップをテーブルに置きながら眉間を寄せて訝しがった。当然のことである。レイリーとセシルは隊長と副隊長という立場で、己の命を賭けた戦争では互いに信用し背中を預けるという場面を幾度も乗り越えてきたのだ。こんなことを尋ねるまでもなく、互いに大丈夫であることをわかりきっていた。
 セシルは自分が口にした質問とレイリーの答えを頭に置いて、視線を室内の方へとめぐらせた。王宮の奥まった部分にあるセシルの私室は、セシルの性格に合わない豪奢な家具や調度品、かわいらしい小物の類が大量に置かれていた。
 女の子らしい淡い桃色のカーテンに純白な細やかなレースカーテン。どこかのお姫様用か、純白を基調とした天蓋付きベッド。床には歩けば長い毛足が足音を吸収する肌触りのよい高級絨毯が一面。壁にかけられている、王国の景色を描いた絵画は、それ一枚だけで庶民の一家族が一年間生活しておつりが来るほどの金額であると聞いて衝撃を受けた。
 ちなみに、全部義父―――アレスティア王の趣味だ。そう言うとかなり語弊があるような気がするし、お前はそんなに娘がかわいいのかとツッコミたくなる。
 室内から目の前に座るレイリーに視線を戻したセシルは小さく首を振って「何でもない。気にしないで」とつぶやいて、ティーカップを手に取った。
 七日後に行われる作戦のため、もうすぐ出陣なのだ。だというのに、こんなところでレイリーに余計な心配をかけることはないと、どこか決意した表情でセシルは紅茶を飲む。淹れてから時間がたっていた紅茶は冷たく、苦かった。
 コンコン、と扉がノックされる音とともにメイドの声が響く。

「レイリー様、セシル様、お時間です」

 その言葉にレイリーとセシルはお茶を飲む手を止め、無言のままに支度を始める。レイリーは床に置いておいたレイピアを二本腰につける。珍しく二本。一方、セシルはいつもの大剣を背中にかつぎ、左腰のホルスターには当然のように大口径のリヴォルバー。服の袖に暗記も忍ばせてある。
 今回の作戦はイグアルト共和国内に野営しているオヴィディウス帝国の排除。レイリー率いる第三遊撃隊の半数が囮としてセゼロ台地で野営する敵を南の森の方へ引っ張り出し、セシル率いる第三遊撃隊の残りが、二個小隊と共に敵の後方から攻撃する作戦となっている。レイリー側にも一応一個中隊が控えている。
 支度を終えた二人は部屋から出ると、互いの拳を交えた。何も言わない二人のこの動作こそが互いに生きて帰ることの約束だった。いつもならば、このまま二人で一緒に行動するのだが、今日は違う。

「それじゃ」

「ああ」

 二人は、別れた。







「作戦-01成功中。現在死者0名です!!」

「現状を維持したまま作戦-02へ移行。第三遊撃隊第二分隊出撃。第二、三小隊に後へ続くように通達」

 セシルは続々と入ってくる情報にてきぱきと対応して、次々に命令を出す。その様子はベテランの指揮官顔負けのすばらしい統率能力である。
 セシルはその後の作戦のことを考えながら、自身も戦場に出るために大剣を取り、セゼロ台地の森の中に作られた天幕を出ようとした、その時。心臓の辺りに衝撃を感じた。鼓動が異常に早くなって、汗が滝のように流れた。立っていられなくなったセシルは、膝をついた。その瞬間、苦痛も動悸も汗も消えた。
 どのくらいの間、気が抜けたように呆然と地面に膝を付いた状態であったのかは定かではない。攻める状況であるのにまだ天幕から出てこないセシルに周囲が慌てているのか、それとも新たな情報でも入ってきたのか。にわかに空気が騒々しくなったのをセシルは肌で感じた。

「セシル副隊長!? 大丈夫ですか?」

 声を荒げて天幕に入ってきた部下たちの一人がセシルを抱き起こそうとする。セシルはその部下を止め、力の入らない体を無理やり動かして、何とか立ち上がった。

「大丈夫だ。それより何があった?」

「ご報告いたします。レイリー隊長が……戦死なさいました。識見がセシル副隊長に移行いたしましたので、命令のほうを……」

 ああ、そうかと自嘲した。自分がここに留まり続ければどうなるかは目に見えていた。間違いなく自分の周囲の人物、それも一番大切な者が死んでしまうのだと自覚していた。だというのに、目の前の仮初でしかない平和な日々に溺れて現実から目をそらし続けていた。
 だから、自分にはレイリーの死を悲しむ権利はない。涙を流す権利もない。ならば、死神らしく嗤いながら人を殺そう。
 セシルは呆然とした部下たちに笑顔で言い放った。

「作戦は事前に通達してあるようにこのまま続行しろ。……さぁ、レイリー・ロードの、弔い合戦だ」







 私の罪が彼を死なせた

 私への罰が彼を殺した

 きっと私の罪と罰は

 私が消えたとしても

 決して止まらないのだろう















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