第六話・王国 −What Awaited Her In A Foreign Country?−



 世界は汚い。いつだって矛盾と暴力に満ちている。
 言葉によって平和は成せる、と誰かが言うだろう。
 けれど言葉だって武器だ。相手を深く深くえぐる武器となる。ある意味、他のどんな武器よりも残酷で残虐なものだ。
 使い方さえ間違えなければ大丈夫かもしれない。だけど、それは他の武器も同じ。どんな物だって、それを使う人間が使い方を間違えなければ誰かを傷つける武器にはならない。ただそこにあることは罪ではない。
 けれど人間は間違える生き物。何度も何度も、同じ過ちを繰り返す愚かな生き物なんだ。








 湖の上にある都、紺碧都市とも呼ばれる水あふれる都、システィナ。アレスティア王国の王都でもあるシスティナは、日が暮れた後も賑わう。
 "世界"の中でもグラエキアと同等の古き歴史を持ち、オヴィディウス帝国と同等の国力を持つ国の都。さらに、湖の上にある都市はその水を利用した水路と古い建築物とが融合し、風光明媚な場所としても有名であった。
 そんな美しい王都システィナの大通りから一本脇道に入った場所にある宿。旅人の懐に良心的だが、その分サービスも悪く、調度品がほとんどない質素な部屋の中に腰を落ち着けて、セシルはほぅ、とため息をついた。

「そろそろ、策も運も尽きたか……?」

 グラエキアからオヴィディウス帝国、イグアルト共和国、そして戦場を越えてようやくたどり着いたアレスティア王国。
 そこで自分の望みを叶えるために兵士になろうとしてきた。しかし、アレスティア王国は長い戦時下が続いたことが影響したのか、男子のみの職業軍人で家業として継いでいくのが一般的。おざなりな徴兵制はあるもののほとんど機能してない。その上、女性が軍人になることはまずないと聞いた。
 当てが少々外れてきているようで、このままでは望みをかなえるとか以前の問題だ。機会が訪れるのを待っていても仕方がない。自分から動かなければ何も変わらないことは、よく知っているのだから。

「やはり、これしかないか」

 ベッドに腰掛けていたセシルは荷解きもしなかった小さな荷物を手に立ち上がる。壁に立てかけてあった大剣を背に取り付け、覚悟を決めたように宿を出た。
 細い道を通り、多くの人々でごったがえす大通りへと出る。そして王都の中心へとただまっすぐ進む。町の中心にそびえ立つのはシスティナ城。少々古い城であるが、景観や歴史的観点からも一目置かれている城だ。
 この手段をとったとしても、城の中に入れるかさえわからない。下手したら不敬罪で牢や入り、最悪死刑もありうる。けれど、危険な賭けを今しなくていつするというのか。
 どうせ、一度は捨てた命。
 セシルは一歩一歩、城門へと近づいた。すぐさま城門を守る兵士がセシルのもとへやってくると、こう言った。

「そこの女、止まれ。本日、庶民の登城は許可されてないはずだ」

わたくしは亡国の王族。至急アレスティア王と謁見を願いたい。ここにわたくしの身の証を立てる書状がある」

 セシルは懐から上質な紙で出来た封筒を兵士に手渡した。兵士はいぶかしげに封筒とセシルに眼をやりながら、封筒を裏返す。

「赤薔薇と銀の封蝋……! おい、そこのお前。すぐにこれを陛下のもとへ!!」

「はい? 何でですか?」

「この方は、グラエキアの王族だ!」

 兵士達が驚愕する様を、セシルはただ冷たい貌で見ていた。






「名は何と申す?」

「リリアント・ベベル・グラエキアと」

 群集がどよめいているのが、目を閉じ、顔を下に向けていても手に取るようにセシルには分かった。ただ少し高いところに座するこの国の王だけは動揺の欠片も見せない。

「国もその名も捨ててきました。今の名はセシル・ローズと申します。陛下の兵士の一人としてほしく存じます」

「何故、我が国なのだ? このアレスティア王国以外にも兵士となれる国はいくらでもあるだろう?」

「ご存知の通り、現在我が祖国グラエキアは帝国の支配下にあります。けれど、私が兵士となるのは国のためではなく、私のためです」

 年老いてはいるが、精悍さは消えていないこの国の王は、ふむ、と物憂げに呟いて口に手をやる。こんなありがちなポーズで一体何を考えているのだろう。こんな時はともかく先手必勝とばかりに、セシルは口を開く。

わたくしが女性で、元王女ということに問題があるならば、今すぐそちらの兵士と手合わせ願いたい。ただし手加減は出来ないので殺しても良い者と」

 広間に群集のどよめきが広がる。同時に張り詰めたような空気に変わった。

「先日、当人の嫌疑のかかった兵士がいたな。見事生きていたならば、嫌疑を払拭した上で褒美をとらせよう。さぁ、前へ」

「は、はい!」

 指名された兵士は前に出る。足取りは軽快で完全に油断しているようだ。顔にはっきりと、こんな女に負けるわけがないと思っているのがわかる。
 セシルは静かに立ち上がり前に進むと、背負っている大剣を抜いた。どう見ても女の手に余る代物だ。それを軽々と片手で持って振って見せた、ブンッ、と空気を切る音がする。

「武器は何でも? それに本当に殺してよろしいのですね」

「もちろん何でもいいし、可能であるならば、構わん」

 セシルの目の前に立つ兵士箱氏のホルスターからリヴォルバーを取り出し、両手に持って構える。セシルが大剣を構えても、その兵士は驚かず顔はニヤけたままだ。

「はじめ!」

 誰かの号令と共に走り出したセシルは速かった。男が銃口をセシルのいた場所に向けたとき、既にセシルは男の背後にいた。

「銃は最強の武器ではない」

 呟きながら大剣で男の頭を粉砕した。文字通り粉砕された肌色の脳髄に赤い液体が花びらのように散らばっている。その上に玩具のような眼球が転がり、空を向いていた。
 頭を失った胴体の方は切断面から大きく血を噴出し、赤い血溜りの中に倒れた。切断面からピンクの肉と白い骨がのぞいている。腕は痙攣しているのかのように細かく震えていた。
 セシルは兵士の胴体が巻いている布切れで剣に付着した血を拭った。そのセシルはというと、顔に少々血が付いていたが全く気にしていなかった。

「いかがでしょうか」

 セシルは膝を床に着き王を仰ぎ見る。自分の作り出した奇妙な状況に、冷戦沈着、眉一つ動かさない。決して狂っているわけではない。余りにも慣れすぎたせいだ。

「レイリー、セシルの相手を」

「はい」

 響くのは男性的な低い声。それでいて流れるような音。病的なコバルトブルーの髪。左眼は黒い眼帯で覆われて見えないが、右目は深くて暗い青。吸い込まれそうだ。そして一度も日光に当たったことのないようなまさに病的な白い肌。
 レイリーと呼ばれた彼は近くにいた兵士から剣を受け取ると、立ち上がったセシルと対峙した。
 見世物の第二幕が開いた。














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