第九話・絶望
わからない。
自問自答を続けながら、アトラスは街中をさ迷い歩く。まるで心が出口のない迷路を進むかのように。ただ歩き続ける。自分が納得する答えを見つけるために。
だが、出口の光は見えない。もしかしたら、永遠に見えないのかもしれない。そう考えると恐ろしさに躰が震える。
そんな自分は目が充血して赤くなり、髪はぐしゃぐしゃ。服はシワだらけ。そんな格好をして歩く自分に心の片隅で自嘲する。
片手には研究所で見つけた書類。アトラスの絶望の原因。その書類は空から落ちてくる雫によって波打っている。
兵器として人を殺すために作られた自分。おそらく、戦争のために。そして、全ての記憶を失い、ヒューイに拾われた自分。
それは自分の価値がなくなったということなのか。それならば、今の自分の生きている意味は一体何だというのだろうか。
わからない。わからない。わからない。わからない。わからない。わからない。
「わからない……」
そう呟いたとたん、アトラスは道に倒れた。けれど、手からあの書類を離すことなく。
フェルは歩いていた。雨が降る町の中を傘をさして。日中にしては、やけに静か過ぎた。その原因の一つに雨があってもだ。
今フェルが向かっている先は、遺物が眠る場所である。そう、自分の全ての始まりが眠る場所だ。
何も考えず(考えたくない)、心を空にしてただ黙々と歩く。そして角を曲がったときだった。
目に映るのは黒衣を纏い、道の真ん中に倒れ伏す少女。
「アトラス!」
気が付いたときには駆け寄っていた。本当は大嫌いなのに。それでも心は勝手に心配してしまう。
アトラスの額に手をやると、そこは思ったよりも熱を持っている。アトラスの手に持つ書類を見るからに、大方自分の作られた経緯でも知って、ショックを受けたのだろう。そして食事も睡眠も摂らずに春とはいえ、雨の中をふらふらしていれば、誰だって風邪を引く。
フェルはアトラスを軽々抱え上げると、その場から駆け出した。
「私は……なんなの……」
そこにはアトラスの小さな呟きと、今までフェルさしてきた傘が残されていた。傘は逆さになってそこに雨水を溜めていた。
「……ええ、全ては計画通りに進んでいますよ。<雪豹>も<赤薔薇>も時間の問題です、父上・・。ええ……それでは」
黒髪の男は受話器を下ろす。その闇のような黒い瞳には愛憐が浮かんでいる。口許には自嘲めいた微笑が張り付いている。
「全ては計画通り、ね。でも、父上。計画は必ずどこかに綻びが生じるものなんですよ。例えば、私だったりね」
男は、知っていますか? と独り言を呟くと受話器を置いた手で受話器を叩き壊した。
受話器はガシャーンという物が壊れる音と、それには不似合いなリーンと澄んだ音をたてて黒い破片が飛び散る。黒い破片は男の皮膚を破り、血管を断ち切る。
見る間に赤い血が大理石を汚していく。
男は無造作に破片を引き抜いた。からんと軽い音を立てて床に落ちる。傷口からは、それ以上出血せずに当たり前のように傷がふさがっていく。
「形があるものはいつか……必ず壊れるものだ。私という存在は理に反している。存在してはいけない」
彼女たちと私は違う。
本当の戦いはまだ始ってもいないのだから。
男の姿は消えていた。そう、まるで闇に溶けるように。
back ● next