第八話・欠片
トゥースの言葉。それが本当かは確証がない。そもそも、トゥースを信じていいものか。
しかしゼノンに到着した今、他に手がかりはない。失った記憶を埋めるためには、どんなことも覚悟しているつもりだ。たとえ、それが罠だとしても、アトラスには進むことしかできないのだ。
アトラスは廃屋となった研究所を見つめている。雑草が周囲を覆い、明らかに使用されていないのがよくわかる。塀にかかる看板には生物化学研究所とある。周囲にも同様の施設があるのか、とても静かだ。
生物化学研究所が他と違っているのは古さと人気のなさぐらいだろうか。
アトラスは意を決して、半開きになっている扉から中に入る。その扉は不吉を予感させるように、ぎぃーっと重い音を立てた。
暗闇の中に、窓や扉から入る日の光で中の様子が浮かび上がっていた。
中は意外にも外よりもちゃんとしている。だが、ここ何年か人の出入りがないためか、無造作に置かれた椅子や机、装飾品の上に埃がうっすらと積もっている。
「ここに私の記憶が……」
アトラスはそう呟いて、己の記憶を取り戻すための一歩を歩み始めた。
小一時間ほどしただろうか。
古い紙の匂い。窓から入る日の光の中に漂う埃。積み重なる多くの本や資料。のしかかりそうなほど大きい本棚。
そう、そこは資料室。おそらく、この研究所の情報について全てがある場所。そして自分の記憶の欠片が眠っている場所。
アトラスは誇りまみれになりながら資料をあさる。見つけなければいけないものを探して。そして溜め息を吐いた。
資料の量はあまりのも膨大すぎて、すぐに記憶の欠片が見つかるとは思えなかったからだった。
まだアトラスの前には、資料の山がどんっと構えていた。
いつの間にか、日が没していた。
暗くなった部屋の中。アトラスは持ってきたロウソクに灯りをともす。明るくなった部屋の中に無数の影が浮かび上がる。そう、資料の山々だ。
アトラスはふぅと溜め息を吐く。今度は窓に向かい、ブラインドを下ろす。いくらここがあまり人が来ない地区であっても灯りに気付かれたら不審に思われてしまう。
本来ならば、人がいない建物なのだから。
「疲れた……」
そう呟いたアトラスは食堂らしき部屋に向かった。
資料室を見つけてから、何もずっと読んでいたわけではない。このままでは埒が明かないと思い、ここに滞在しようと考えたわけだ。
街中の屋台で買ってきた夕食を広げる。おいしそうな匂いに食欲が誘われる。
食べようと思い、ふと気付く。フォークがないことに。これでは、食べようにも食べらない。
アトラスは食器棚に向かう。そして、目に付いた引き出しを開ける。そこには目的のものも他の食器も入っていなかった。そこにあったのは、おそらく研究資料の一つ。
とくん、とくんと胸が高鳴る。まるで、探し物が見つかったかのように。
瞳は大きく見開かれる。そこにあるものに恐ろしさを感じたかのように。
表紙には『培養兵器開発報告書』とあった。
アトラスは震える手で、それを取り、ページをめくる。
「うそ……わ、私は……」
アトラスは腰が抜けたかのように、その場にへたり込んだ。
それにはこうあった。
―――我々は人間を培養するのに成功した。現在その成功例は三体である。以後、<製造番号:1>をトゥース、<製造番号:2>をアトラス…………
「こんなの、ウソだよ……」
アトラスは打ちのめされたかのように、床に沈んだ。
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