第六話・葛藤



 理不尽だ。

 理性と感情は反対で。いつもそれに振り回される。そもそも、そんなものに腹を立てること自体がおかしいのだが。それでも怒りは止まらない。

 理不尽だ。

 今フェルは、商隊の護衛をしている。その依頼は知人に頼まれて仕方なく引き受けたものであったのだが、その行き先が問題だった。

 そう、ゼノン。

 トゥースが画策したのか、はたまた運命なのか知らないが。

 しかし、断るわけにはいかない。弱みを握られているわけではないが、その知人は一応恩人なのだ。それにつけこまれていろいろ大変な目に合ってきたことは否定しないが。

 これはもう、あきらめるしかない。それに、ゼノンに行ったからと言って必ずあの子に会うことにはならないだろう。……あの子は記憶を失ってもいるし。


「フェルってすごい!!」


 そう言ったのは商隊のリーダの息子―――カミュ。

 一応いくらか力をセーブして出てきた賊を倒した所だ。殺さずに、気絶させるにとどめた。いつもなら、こんなまどろっこしいことなどしない。しかし、子供の前で人を殺すには抵抗があった。

 その恐ろしさを誰よりも知っているから。


「そんなことないわよ。私より強い人はたくさんいるわ」


「フェルが一番強いよ!」


 カミュは目をキラキラさせて言った。少し照れくさかった。

 子供を見るのは楽しい。その生き生きとした顔は子供にしかないようなものだ。けれど、同時につらい。昔の事を思い出してしまうから。


「フェルが剣を振ったら、皆倒れていくんだもん。すごすぎだよ」


 一応、一介の剣士としてここでは振舞っている。その方が何かと都合が良かった。


「ありがとう」


 フェルは微笑んだ。

 心から笑ったのは何年ぶりだろうか。とても昔のように感じる。


「ねぇ、フェル。ゼノンにはあとどのぐらいで着くの?僕、早く普通のベッドで寝たいや」


「多分、今日中に着くわよ。ゼノンまでもうすぐだから」


 ゼノンに近付いている証であるイグアス川が見えてきている。ソクラテス川が分岐してできた川がイグアス川だ。

 あの川を越えればゼノン。そう、あの子がいる町。

 フェルの心の中では、再び葛藤が生じる。

 記憶を失くしたあの子を心配する気持ちと憎む気持ち。相反する気持ちはどちらも重く、どちらか一方を選ぶこともできない。否、するわけにはいかない。

 選んだら、またあの時の様になるかもしれない。人をためらいなく殺すフェルが恐れるもの。それは失うということ。

 だから、だから誰も選ばずに一人でいた。これ以上傷つくことが怖かったから。


「フェル、ゼノンだよ!」


 カミュの声に顔をゼノンの方へ向ける。

 暖かい夕方の太陽が全てを照らしていた。











 好きと嫌い。

 生と死。

 そして

 得ることと失うこと。

 全てを持ちながら選ぶこともできず

 ただ心の中に重ねていって

 己の籠と成り果てる。

 さらにそれは全てをがんじがらめにして

 己を閉じ込める。

 それは

 名もなき鳥の籠。












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