第五話・同種



「嫌な顔を思い出した……」


 フェルはそう言うと溜め息を吐いた。

 あの男。

 ヤツとどこか雰囲気が似ていて、同じ黒髪で。けど、あの男はもっと飄々として掴み所が無い。


「この前といい、今日といい、本当に嫌な夢だわ」


 フェルは立ち上がり、いつもの日常を続けようとした。その矢先、扉をノックする音が響く。リズムよく叩かれる音。

 フェルは慌てて身支度をして、扉を開ける。


「久しぶりだな、フェル」


 そう言ったのはあの男。サラサラの黒髪に黒い瞳―――そう、トゥース。


「私はあなたなんかに会いたくなかった」


 眉をひそめながら、とりあえずトゥースを家の中に入れる。近所の人にトゥースが来ていることをあまり見られたくなかったからだ。


「あいつはどうしたんだ?」


「死んだわ。もう二年経つかしら」


 勝手に椅子に座っているトゥースを横目に見て、お茶を入れる。正直言うと、こんなヤツにお茶を出すのも嫌だ。


「ありがとう」


 上辺だけのお礼のように感じる。なんかムカツク。


「それで、何の用? ヤツの生死なんか、私に聞くまでも無いくせに。別にお茶を飲みに来たわけでもないでしょ?」


 フェルは冷たい表情でトゥースをにらみつける。


「……アトラスと会わないか?」


「ことわるわ。私はあの子に会いたいと思わない」


 フェルは全く表情を変えずに言い放つ。トゥースは溜め息を吐いた。


「……アトラスは記憶を失くしている」


「だから何? もう一度、親しい間柄にでもなれと? 冗談じゃないわ。私は二度とあの子に会いたいと思わない」


「ヒューイが殺された。それと、軍の犬が動き始めた」


 フェルはトゥースが、本当にそれでいいのか?っと言っているようで不快に思えた。これ以上、何を言われてもあの子に、アトラスに会う気はない。


「そう。帰ってくれる? これ以上話すことは無いでしょ」


 トゥースは何も言わず、扉に向かう。フェルはただ、それを見ているだけだった。


「アトラスはゼノンにいる」


 トゥースはそう最後にいって、出て行った。

 パタン、という扉の閉まる音と共に、フェルは息を吐く。もう今日は仕事をしに行く気にもなれない。日常をトゥースに壊された形になってしまった。

 そんな時、一瞬だけアトラスに会いに行こうか、という気持ちが湧き上がる。それを頭を振って打ち消す。到底、会いに行く気にはなれない。


「私はあの子と同じモノじゃない。トゥースが会いに行けばいいのよ。……誰よりもあの子に近いんだから」


 フェルは窓の外を見つめた。











 くるくると蝶が舞う。どこか死を予兆させる赤い蝶。

 その蝶が一つの赤い薔薇にとまる。

 次の瞬間、赤い蝶は粉々になって宙に広がる。

 再び赤い蝶はやって来る。

 まるで、赤い薔薇に誘われたかのように。

 幾度となくやって来ては、身が粉々となる。

 その度に、赤い薔薇はキラキラ揺らめく。

 終わりの見えない赤の舞い。

 それは変わることなく続けられていく。












 back          next