第三話・出立



「行くぞ」


 そういって馬の足を動かし始めたのは、黒い服で身を包んだ男だった。つけている腕章は布地が黒に、紋章が銀糸の刺繍である。

 オヴィディウス帝国の銀の紋章。それは高貴な血を持つ証。


「よろしいのですか?」


「ああ。兵士は全て何かしらの罪を背負っているものだ。処分に手間がかからなくていい。それにアレがあんな雑魚にやられるはずなどない。……行くぞ」


「あ、はい!」


 男はふっと笑うと従者らしき者と共に遠くへと消えていった。











 床の上には、体がばらばらになった死体が散乱していた。 兵士から流れ出た血は床を染め、壁を染めた。ヒューイの周囲だけが、綺麗な状態であった。


「……私は……私はどうしたら……」


 そうアトラスが呟いた時、どこか遠くの部屋からカチッという音が聞こえてきた。

 新手かと思い、体が自然とそちらの方へ向かう。アトラスはただ、憎しみと悲しみをぶつけられる相手が欲しかった。

 音が聞こえた部屋は、アトラスが目覚めた部屋だった。記憶を失ったアトラスにとって、自分が生まれた部屋といっても過言ではない。


「……あはははは!!」


 突然、狂ったように笑い出した。音の正体はただのテープレコーダーだった。アトラスの笑い声は誰もいなくなった家に、むなしく響いた。

 アトラスは何気なく手に取り、しげしげと見る。テープの紙の部分に『アトラスへ』と書かれているのを見つけ、慌てて再生ボタンを押した。


『アトラス』


 優しげな老人の声が響き始める。声のとおり、とても優しかった人。


『きっと、お前さんがこれを聞いているころ、私は生きてはいないだろう』


 そのまま沈黙が続く。


『私はお前さんと出会う前からお前さんを知っとる。だが、私は何も言わん。真実は……自分の記憶は自分の手で見つけなさい。ヒントは一つ。ゼノンの町に行ってみなさい』


 その言葉の後にはジジジというノイズしか聞こえなかった。アトラスの目の端から涙が零れ落ちる。そして、胸が重かった。


「……ぅ……ぅ……」


 アトラスには、その感情が『悲しい』ということも、そして目から零れ落ちるものが『涙』であることも知らなかった。

 ただ、苦しかった。












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