第十八話・生死
笑っていたのだ。王座というくだらないものに縛られたくないはずの、自由を望んでいた男が。
「なんで、なんで! どうしてトゥースが王帝を殺すの!?」
「俺が憎しみを持っていないとでも思っていたのか? あんな男、父親だと思ったことは一度もない。所詮、オリジナルとコピーの関係にすぎないんだ」
トゥールスセム・フォン・オヴィディウス―――この国の王は唇だけで薄く笑った。そこにトゥースという人物がいたことを思わせる様子はない。
オヴィディウス帝がトゥースに殺されたことによって、アトラスのこちらへの注意力が失せたのか、フェルとトゥースへの拘束力はなくなっていた。
現オヴィディウス帝は手に持つリヴォルバーを投げ捨てた。からん、という軽い音と共に床を滑っていく。その様子はまるでもう自分には武器は必要ないとでも言うかのように。
「トゥース。あなたはリューイとの約束を守るつもりはなかったというの? アトラスの中に眠るものを覚醒させず、この国に尽せって言ってたじゃない!!」
フェルはこの国の王をわざとトゥースと呼び、その男を眼光鋭く睨み付けた。いつもどんなときでも、アトラスが相手の場合を除いて冷酷であったはずなのに、柄にもないくらいに怒っていた。
アトラスに何かすることもせずに、今はトゥースを睨み付けることしか頭の中に思い浮かばなかった。それだけ自分にとって過去の事は大切だった。むしろ今というものに大切さなど感じていなかったのだ。
「リューイとの約束、か……。俺がリューイと交した約束は二人をよろしく、ってな。それだけなんだよ。リューイのヤツは結局俺にはカンジンなことを何も言わず、死んじまった。ヒドイヤツだ」
苦笑いするトゥースはさっき王帝を殺した時とは全く違う、晴れ晴れとした表情だ。まるで、もう自分の役目は終わったとばかりに。この状況にありながら笑顔だった。
「もう普通に生きて行ってもいいじゃないか。もうこれ以上苦しい思いをしなくてもいいじゃないか。アトラスとフェルが血に染まる必要なんてないんだ」
ここからが本当の自由だ。そう呟いたトゥースの顔は明るくて、不安なんて一切無いように思えた。
けれど、アトラスは狂い、フェルは過去に囚われていた。こんな時に誰が気付くだろう。
どすッ、と音がトゥースの背後からした。誰かの手がトゥースの左脇腹辺りから出ていた。
「僕はこれでも『殺人兵器』でね。油断しているトゥースを狙うぐらい、できるんだよ」
トゥースと同じ声、同じ髪、同じ瞳でいくらか幼い男……たぶん噂の"弟"。それがトゥースを。
感情が爆発した。
コンマ数秒でトゥースと"弟"の後ろにまわりこみ、"弟"のみぞおちに拳を叩き込む。"弟"は体をくの字に曲げて壁まで噴き飛んだ。文字通り噴き飛んだのだ。
鈍い音をたてて壁にぶつかった"弟"が床に落ちる前に、フェルが高速で近づいて今度は反対側の壁に殴り飛ばそうとした。だが"弟"もただでやられる程やわくはない。
自分に向かってきたフェルの腕を掴み、自分が殴り飛ばされる予定だった場所へ投げ飛ばした。
フェルはホルスターを開け、リヴォルバーを取り出すと、"弟"に向かって撃った。反動で壁に近づくのが早くなるのは気にしない。そんなの理解っていた。
二人は着地すると同時に高速で駆け寄る。勝負は一瞬。二人の姿が交差する。
倒れたのは"弟"だった。その体からは大量の血が流れ出ていた。
それを見届けずに、フェルはトゥースに駆け寄る。
「フェ……」
「それ以上喋らないで」
フェルは自分の服を裂いて、トゥースの止血をしようとする。だが、一向に流血が止まる気配がない。思った以上にヒドイ。自分は無力だった。また。
「もう、いいんだ。結構血ィー出てるし……それよりもしっかり生きろ。絶対に……」
トゥースの声がすっと消えていった。瞼も自然に閉じた。トゥースの体がいつのまにか冷たくなっていて。とても重かった。
体だけではなく心も。
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