第十六話・激昂
「あらためて、はじめましてと言うのも変かな。アトラスとはゼノンで会っているんだから」
「え?」
アトラスはそう疑問符を投げかけた。投げかけずにはいられない。あの時会ったのは似てはいても、ルーセムではなく、確かにトゥースだったはず。曖昧な記憶にたずねてもそう返ってくる。
アトラスが悶々と悩むその場所は王宮内にあるルーセムの私室だ。なんとなく身分の高い雰囲気はしたが、まさか王宮内に自分の部屋を持つほどとは思わなかった。
「トゥースは僕の兄……いや僕が兄のスペアなんだよ」
「それが?」
アトラスが冷たくルーセムをあしらうと、ルーセムは寂寥の色を浮かべた。こちらとしては、そんな表情をされたり、同類だといわれても迷惑なだけだった。
何であの時、手を取ってしまったんだろう。早くも後悔し始める。ああ、もう嫌だ。
「君は自分が身代わりであることを知っているのか?」
そんなことか、と思い溜め息が漏れる。そんなことを問題にしてどうこう言って、何かをしようとしてるなんて低レベル。勝手に仲間意識など持たれてもたまったものじゃない。
アトラスは部屋を出て行こうとして立ち上がった。
「待て!!」
ルーセムの声が響いた後、何も起きなかった。何かが起きるはずだったのだ。かつて、アトラスが言葉だけで人を殺せたときと同じようなことが。だが、相手が悪かった。
「無駄よ。フリアにルチフェルは勝てない。それは自然の理。誰にも崩せない当然のこと。あなたはそれを誰よりも知っているはず」
ルーセムの腕を振り払い、こつこつと高く靴音を鳴らしてこの場から去った。ただ、途中で一度だけ振り返って、
「あなたのソレは復讐心ではない。誰にもかまってもらえなくてさびしがっているただの子供のワガママよ」
さようなら、と囁くように呟くアトラスの顔には微笑が浮かんでいた。聖女のように清らかな微笑が。自分のようになるべきではないのだ。ルーセムに向けた、優しい微笑だった。
アトラスの目の前には親の敵がいた。トゥースとルーセムによく似た黒髪黒瞳の男。そして二人のオリジナル。コピーと違う点は長髪とその歳だけといってもいい。だがその男はどう見ても今年五〇を迎える外見ではない。せいぜい二〇代といったところだろう。
「私がなぜここに来たか…………わかりますよね、オヴィディウス帝」
男―――オヴィディウス帝はおもむろに立ち上がった。身の危険を感じていないはずはないのに、オヴィディウス帝は腰にあるホルスターに手を伸ばそうともしない。アトラスが訝しんでも無理はない。
「久しいな、アトラスよ。それともフリアと呼ぶべきか」
「どちらでも。今の私はどちらの記憶もあるから」
肩をすくめたアトラスはいつもなら使わないリヴォルバーを構える。安全装置をはずす音だけが王座のあるその無駄に広い空間に響く。無駄だ。無駄。この時間さえも。オヴィディウス帝が生きていることも。『殺人兵器』が生きていることも。全て意味がない。
「失敗か、ルーセムは」
「ルーセムが悪いわけではない。あの機械が駄目なだけ。機械だって、失敗するわ。人間と同じように」
「私はアトラスの母ソフィアを愛していた」
そんなオヴィディウス帝にアトラスは冷たい一瞥を投げかける。今さら昔話をするつもりなのか。くだらない。くだらなすぎる。おふざけもすぎている。
「けれど、母はヒューイの息子アーノルドと結婚し、私が誕生した。けれど、私はあなたに遺伝子操作をされた影響で病を患い死亡。そして私が創造され、ソフィアそっくりな私を妻に求めるが、断わられる。その後、帝国軍が研究所を襲い、アーノルド、ソフィア、リューイが死亡。いえ、あなたに殺された。そして最近のできごと。ルーセムに命じて私の記憶を失わせ、妻に迎えようとした。ヒューイも殺して…………お前はどこまでも最低な男だ!!」
激昂したアトラスは罵倒の言葉を投げかける。だがオヴィディウス帝はそれに動じず、薄く笑っただけだ。その笑いも決してアトラスに向けたものではなく、そんな風にアトラスに言われてしまう自分に向けているかのように思える。
「人形と主人の関係は、パートナーとしてのお前は良かった。けれど家族を殺した事だけは許せない」
「ふむ。やはり、フェルとトゥースも殺しておくべきだったか……いや」
オヴィディウス帝の言葉の続きが紡がれることはなかった。代わりに王座の間に響いたのはひどく乾いた銃声だった。
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