第十三話・二人



「ん……」


 頭がガンガンする。まるで、二日酔いの朝のように。痛い頭を押さえながら、ゆっくりと目を開く。ぼやけた白い天井がその瞳に映ったと同時に、体に震えが走る。

 フェルは今まで起きた事を思い出し、慌てて起き上がる。痛みが頭を駆け抜けるが、意に介せずある人物を探す。


「トゥース!!」


「安心しろ。俺はここにいる」


 フェルは声のした方へ顔を向ける。先程まで誰の気配も感じなかったその場所にトゥースはいた。噂通り全身黒ずくめの<黒>ノアールの格好で。


「一体何を考えている?」


 フェルのその疑問にトゥースは嘲るように笑った。でもその笑いはフェルの事を笑ったというよりは、自分の事を笑っているようだ。そんなトゥースにフェルは訝しんだ目を向ける。いつものトゥースならこんな笑い方はしないはずだ。


「俺の “本当の名前” は “トゥールスセム・フォン・オヴィディウス” だ」 


「……そう。あなたはそのために創られたのね。でも……それじゃ、私の質問の答えになっていない」


 フェルはちゃんと答えて、と言って冷たい目を向ける。トゥースは肩をすくめる。相変わらずだとでも思っているのだろうか。そして、口を開いた。


「あの報告書にある事で<製造番号:1>トゥースに関する大半がでたらめだ。トゥールスセム・フォン・オヴィディウスは二人いる。俺ともう一人。弟とでも言う存在がな」


「弟!? 創られた殺人兵器は三体のハズよ」


 フェルは驚愕に目を見開き、トゥースに詰め寄る。殺人兵器がこの世界に四体目がいるなんてありえないことだ。いてはならないはずなのだ。少なくとも、自我を持ってからトゥースを二人、見てはいない。

 そう、自我を持つ前だ。それじゃぁ、その前は? その前であるのならば、トゥース、アトラス、そして自分のほかに何体いてもおかしな話ではない。


「正確にはもう一体いるんだが……いや、 “いた” だな。昔の話だ。まぁ、そんな事はいい。ともかく、 “弟” が最近フェルに接触しているはずだが?」


 どうだ? と尋ねられ、その答えは考えるまでもない。最近トゥースに会ったのはオヴィディウス帝国の帝都ハルデンベルグでの一回だけ。それ以前は本当に年数単位で数える前だし、それ以来今日までずっと会っていない。

 やはり、とも思う。あの日の “トゥース” はおかしかった。何でも知っているはずのトゥースが「彼」の事を聞くし、お茶を出したら、『ありがとう』とまで言った。普段のトゥースならばそんな礼儀正しいお礼などしない。言わないか、言ってもせいぜい『サンキュー』ぐらいだろう。


「俺は名代としてグラエキラに視察に行ってたんだ。ここ二、三ヶ月の帝国こっちの情報は全然ないんだ。 …… “弟” が何か企んでいるかもしれない」


「ほとんど推測だけど、その “弟” はまずアトラスの記憶を失わせた。それは殺すつもりで何かをしたのかもしれないけれど。次にヒューイを殺した。そしてアトラスはゼノンに向かう。私はその頃ゼノンに行く事になる。アトラスと私はそこで会って<楯>ペートランに襲われるわ。その後、アトラスがどうなったのか私は知らないけど。そんなところね」


 フェルのその言葉に何か思い当たる事でもあったのか、トゥースは立ち上がるとその部屋から出て行こうとした。出て行こうとするトゥースの表情は暗くて重い。


「まって。まだ質問に答えてもらっていないわ」


 フェルはトゥースの腕をつかむ。そのまま数秒間、沈黙の状態が続く。フェルは冷たい目でトゥースを睨みつける。だが、トゥースはそれを無関心な目で見つめるだけだ。


「“弟” はこの帝国を破壊しようと考えているみたいだ。今はそんな大それた戦時中というわけではないが……イグアルト共和国が落ちた時、アレスティア王国との全面戦争が始まる。そうなったとき、殺人兵器の力と帝王は必要不可欠だ」


「もし…………殺人兵器が無力化されるか、帝王が亡くなったら?」


「そうなれば、帝国は確実に終わりだ」


 考えるまでもない。トゥースの考えも私の考えも、答えは一つ。それしか思い浮かばない。これ以上、大切な人を失わないためにも。


「行くわ」


 “弟” を止めるために。そして、アトラスを止めるために。

 それぞれの思いは違えど、進む道は同じ。

 信じていた。

 トゥースを。

 正しい答えを、聞かぬままに。












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