第十二話・闇黒



「……だたいま、父さん、母さん、兄さん」


 フェルの立つ場所。そこはオヴィディウス帝国の帝都ハルデンベルグのはずれだ。かつて何かが立っていたその場所には三つの墓石が立てられている。まだ、白い墓石。いずれも古びた様子もなく、最近のものだと明らかにわかる。


「ごめん、兄さん。私じゃアトラスのことを止められないみたい。けれど、絶対にアレ・・だけはさせないから。約束は守るわ」


 三つの墓石。そこに刻まれる名は左からアーノルド、ソフィア、リューイ。その前においてあるのは白系の花で作られた花束だ。その花は宙を舞う風にはかなげに揺れる。そして、その冷たい風がフェルの茶色い髪をも揺らす。そのフェルの表情は明るいとは遠くかけ離れていた。


「…………なんで母さんはアトラスをこの世に生み出したの? ずっと聞きたかった。母さんも、何かあったの? どうして教えてくれなかったの? 私じゃ力不足だったから?」


 フェルの言葉に答えるものは誰もいない。フェルがソフィアに聞きたかったことは既に闇の中。誰もその答えを知ることはできないのだ。もう、真実は失われていた。

 けれど


「救いは必ずあるわ」


   母さんも信じればよかったのよ、父さんを。そう呟くフェルはまるで子供のようで頼りないような、弱いように見える。しかしその瞳には確かな決意の色が浮かんでいた。そして心の中でかつて彼が言ってくれたその言葉をもう一度、呟く。

 救いは必ずある。

 三つの墓石に背を向けて歩き出すフェルの体には、もうどこにも迷いの色はなかった。フェルはこれから進むのだ。自らを大きく傷つけるはずの道へと。ただ、兄との―――リューイとの約束を守るために。それが何かを失う道であっても、もう自分には失うものがなかった。











 フェルが歩を進める先は、以前とある男の殺害依頼を受けた非合法の酒場だ。いらっしゃい、という主人の声に反応せず、また以前のときと同様にそこにいる男たちには全く目を向けず、向かうのはいつものカウンター席。しかし、そこに行くのには邪魔が入った。


「よう、ネエちゃん。一人か? 一緒に飲もうや」


 馴れ馴れしくフェルの肩に手を回し、テーブル席に無理やり座らせようとする男。この界隈の新入りなのか、まだここの流儀というものをわかっていないようだ。そういう輩は倒すに限る。

 フェルは慣れた風で肩に置かれた手をねじり上げ、自分よりはるかに大きくてごつい男の体を軽いものを投げる様子で投げ飛ばす。あまりに一瞬過ぎて、男はどうして自分の足が床にないのかわかりもしなかっただろう。

 ガッシャン、というグラスが割れる音と共に、どっと言う鈍い音を立てて男が倒れる。グラスの飛び散る床。フェルは静かに壁際に倒れている男に近付く。そして、その男の頭にいつものフェルなら決して使わないマシンガンを突きつける。あと少し指を引けばその銃口から数十発の銃弾が吐き出され、男の頭を粉砕するだろう。


「今すぐここから出て行きなさい。ここはあなたのようなヤツが出入りしていい場所ではないわ」


 その男は返事もそこそこに慌てて酒場を出て行く。プライドも何もあったもんじゃない。命あってものだねと判断したのだろう。

 店内から思わず拍手が沸きあがる。


「いやぁ、助かったよ。あの男は最近ここらで有名な<黒>ノアールの手下だと言っていてね。それが本当ならちょっとね。かなり迷惑だったのだが、手を出すわけには行かなかったのさ」


<黒>ノアール?」


「最近ここらじゃ有名な暗殺者だ。誰も素顔を見たものはいないが、体格からして男で、いつも黒衣を纏っているらしい。さらに黒髪。だから<黒>ノアールだと」


 安易な発想だ、とそこらへんの事情に詳しいらしい男が博打を打ちながら、フェルの疑問に答える。その顔は美男子だがここら辺にいる者らしく、いくつもの傷を顔に持っている。百戦錬磨、苦境を乗り越えてきたのだろう。信じてもよさそうな人物だ。


「それじゃぁ、<楯>ペートランって知ってる?」


 その男は短く、ああ、と答えた。少しの間考えるそぶりを見せる。フェルは男にダメ押しとばかりに金貨を一枚投げる。男はそれを受け取り、軽く会釈すると、


「暗殺集団だな。噂では帝国の犬だとか言われているが…………もう一つ興味深い噂があって、<黒>ノアール<楯>ペートランに暗殺の依頼をしているとかな」


 バラバラのピースがようやくはまった。絡まっていた糸がようやく一本になった。<楯>ペートラン<黒>ノアール、そして帝国。全てはトゥースの手の上であったのだ。はめられていたのだ。おそらくヒューイの死から何から何まで全てを。


「ありがとう」


 フェルはさらに三枚ほど金貨を取り出すと、一枚を情報をくれた男に投げ、残りの二枚をカウンターに置く。そして、手に持つマシンガンを腰に下げ、何かにおいたてられていくように酒場の外に出る。わき目も振らず、暗い道を駆ける。探す人物は<黒>ノアール。いや、トゥース。

 そうして目に入るのは黒い影。


「トゥース!!」


 フェルが叫んでマシンガンを構えたときには、もうそこにトゥースはいなかった。黒い影は黒い風となり、背後から拳を放つ。


「トゥー……ス……なんで…………」


 フェルの意識は闇に沈む。そして風が吹いたと思った瞬間、もうそこに黒い影も意識を失ったフェルも消えていた。













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