第十一話・悲鳴



「カミュ、アトラス、やめて!」


 フェルは他の襲撃者を退ける合間に叫んだ。fだが、カミュもアトラスも何も言わない。ただ無言のままに自分の武器を振るい、戦うだけ。

 アトラスに手を出してきた人物がカミュであることから、この襲撃者が自分が護衛して来た商隊の人たちだと気付いた。彼らは最初からそのつもりだったのだ。最初からフェルとアトラスを殺すつもりで。そして、そのつもりでフェルに依頼したのだ。

 けれど。カミュがアトラスを殺すことはできない。それは絶対だ。生まれもっての殺人兵器と生後の教育によって暗殺者になった者のレベルには確固とした差がある。それだけは、どんなことをしても埋められないのだ。


「あんたたち、カミュが死んでもいいの!? 誰もアトラスを殺すことはできないのよ!! はやく、はやく逃げて!!」


 誰も何も言わない。ただフェルの気持ちだけが空回りしていた。カミュもアトラスも失いたくないのに。もうこれ以上、誰も失いたくないのに。運命というなの神はこんなにも無常なものなのか。慈悲もないものなのか。

 アトラスの耳にはもう誰の声も届かない。目の前の敵を排除、破壊、粉砕、撃退…………それだけを目的としていた。

 アトラスは高く跳躍し、カミュの後ろに回りこむ。カミュがそれに気付いて振り返ったときには、アトラスが人間の急所という急所―――顔、喉などに手刀や蹴りを叩き込もうとしたところだった。間に合わない。誰もがそう思えたのだが、カミュは危機一髪避けた。懐から短剣を取り出すと、今度はこちらからとでも言うように攻撃を繰り出す。

 刹那。

   どっ、と鈍い音がした。その音に嫌な予感を覚えたフェルは顔をそちらに向ける。無音。誰もが戦いの手を止めていた。誰もが守る手を止めていた。時という時を失い、全ての視線がそこへ向かい、交差する。

 手だ。白くて細くて、とても人を殺すことのできないような少女の人間の手。それが、カミュの黒いローブの左の背の辺りから出ている。その手の中にあるのは血に濡れた脈打つ赤い肉―――心臓。


「カミュ!! いやよ!!」


 そう叫んだフェルの声もゆっくりとこだまして聞こえる。手の中にカミュの心臓を持つアトラスは、それを持ったまま、にまぁ・・・と人間ではないような笑みを浮かべて、その手をカミュの体から引き抜いた。カミュの左胸から鮮血が噴き出し、決して血に染まることのないアトラスの体が赤く染まる。カミュの空っぽの体がゆっくりと地に倒れ伏す。

 不気味な、不適な微笑を浮かべたまま、その手にあるものを握りつぶした。ぶちゅ、と音を立てて手の中のものが飛び散った。異臭を放つ緋色の肉片が、道に壁に塀にそしてアトラスに付着する。


「いやぁー――!!」


 フェルの視界は赤く、緋色に染まった。我を失い、思うがまま武器を振るった。もうこれ以上、自分を保っておくことができなかった。

 悲しすぎたのだ。憎みすぎたのだ。自分というものを奥に閉じ込めておきたいぐらい。











 気が付いた時。動くものはフェルだけだった。それ以外に動くものは頭上に輝く月と星ぐらいだろうか。月灯りに照らされたフェルの体は赤く染まっていた。手のひらを開くとそこも赤かった。いずれも血は乾き、その色は落ちない。

 地面や壁、塀のレンガには大量の血が染み込み、赤黒くなっている。一般人なら、とても目を向けられたものではないだろう。

 倒れふす死体の数は、形状がわからないものまであったがおそらく十六。ぼろきれに包まれていたため、かろうじてその数がわかる。その中にアトラスの死体はない。こうなることは、カミュが死ぬことは最初からわかっていた。いや、アトラスを殺そうとした者は必ず死ぬことをわかっていた。そう、ずっと前から。あの時から。

 なのに


「止められなかった!! …………shitクソ!」


 フェルはカミュの死体にかがみこみ、その手に強く握られていた短剣をそっとはずした。もういいんだよ、と呟きながら。どこにでもあるような短剣。それを手にした時、どこか違和感を覚えた。柄の部分に何か模様があるようだ。


「これって…………<楯>ペートラン…………向かうべき場所は帝都ね」


 赤き衣を纏いし緋の少女―――<赤薔薇>ブラッディ・ローズは立ち上がり、その場を離れた。一度も、後ろを振り向くことなくどんな思いも残していないかのように。本当はこのままこの場所を立ち去りたくなかった。それを隠すかのように。

 けれど、今までだってこうやって生きてきた。こういう生き方しか知らなかったのだ。だから


「さようなら、カミュ」












 私は<赤薔薇>ブラッディ・ローズ。その身に二つの緋を纏う者。

 自分に近づくモノは全てその棘で傷つけ、大切なモノはその手から零れ落ちる。それは必然。

 一つの緋は私が殺したものが流す血飛沫。そうやって血を、緋を何十にも身に纏い、殺し続けるのだ。もう、人を殺すのに躊躇いを覚える余裕など、ない。いや、初めからそんなものなど存在しないのだ。それが生まれたときこそ、私の終焉である。

 もう一つの緋。それは私の心から流れ出す血涙。多くの命をその手で奪いながら、自分だけが悲しんでいると思い、喉が裂けるかと思われるほどの悲鳴をあげる。

 何という自己中心的愚考。

 何という傲慢。

 何という盲目。

 それでも、救いはあると信じて殺し続けるのだ。

 救いなど、どこにもなかったのに。












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