第九話・失ったもの


 そんなある日、僕は体育館の裏に呼び出された。手紙の字からして、女の子だろうと思われる。

「あの、わたし、空くんのこと好きです。今、一番大切な人だと思っている人は空くんです!……付き合ってください……」

 そう言ったのは、学年一の美少女とウワサされている中野貴京だった。恥ずかしげにうつむいている姿が可愛い。
 いつもの僕だったら、即座に断っただろう。話を聞いてみると、貴京は失恋したばかりだといった。僕も海とのことがこじれたばかりだった。つまり似たような境遇。そのため、僕はOKしてしまった。
 付き合ってみると、貴京はウワサと違って、悪い子じゃなかった。それどころかすごくいい子で、細かいところに気がきく。
 いつも首にかけている星型のペンダントは大切なものだといっていた。どんなものかは教えてもらえなかったけれど。
 僕はそんな貴京に惹かれていった。一方、海との溝は深まるばかりだった。信とも話すことはなかった。
 貴京とは、クラスが違っていたが、時間があれば一緒に行動するようにしていた。ショッピングにも遊園地にも行った。そして、ますます海とは離れていった。

「空、おまえあの中野貴京を彼女にしたって聞いたぜ」

 そう言って近づいてきたのは、久しく話をしていない信だった。

「いいなぁ、空は」

 信はそう言いかけて慌てて口を塞ぐ。僕は何もいわなかった。今、一番大切なのは貴京だったから。
 それにたぶん信も僕を元気付けようとしたのだろう。海から、長い間僕達が話をしていないのを聞いているはずだから。
 嫌な沈黙が僕らを包む。信はまだ動こうとしなかった。僕はため息をついて教室を出て行こうとした。

「待て!」

 信が叫んで僕の袖をつかんだ。

「離してくれないか。信と話すことなんて何もないはずだ」

 僕はそう言うと強引に信の腕を振り払った。僕はそのまま教室を走り出ていった。そして、事態は一行に悪くなっていくばかりだった。僕は二人と話さなかった。
 あの日まで。もっと、早くに仲直りしていたら、あんなことにはならなかったのに……。

「話があるんだ」

 信は僕が家に帰ろうとしたところに現われた。僕は無視してどんどん歩いた。信と一緒には、もう一分一秒もいたくなかった。

「俺は誰にも話さないよ! 信じてくれよ!」

 そんなふうに叫んでいる信に向けて、僕は冷たく言い放った。

「信じられない。海も信も信じられない!」

 そこは、車が沢山通っている大通りだった。僕の言葉に怒った信は僕を思いっきり突き飛ばした。
 僕に迫ってくるトラックが、やけにゆっくりに見えた。僕は動こうとしたが、体は動かなかった。僕は死ぬのか。僕は海との思い出や。貴京のことが頭の中を駆け巡った。

 ―――ああ、これが走馬灯ってやつか。

 その時―――

ドン、

 誰かが僕を突き飛ばした感覚がした。僕は後ろを振り返った。そこにいたのは―――海だった。海は微笑んでいた。トラックに引かれる最後の瞬間まで。

キッキー、

 トラックのブレーキの音が聞こえた。ようやく僕に時間の感覚がよみがえってくる。

「海―――!!」

 僕は慌てて海に駆け寄った。足がもつれて転びそうになる。

「ごめんね」

 海は静かにそう呟くと、そっと瞳を閉じた。

「うわ―――!!」

 僕の意識はそこでブラック・アウトした。










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