僕――
海はいつも僕の隣にいた。いつも一緒だった。生まれたときも幼稚園も小学校も中学校も。ずっとずっと一緒で、これからも生きて幸せそうに笑っているはずだった。
けれど、高校生になった僕の隣に海はいない。もう、この世にいない存在だから。違う世界にへといってしまったから。そして僕は海の代わりとして生きている。
事の始まりは、些細な口論だった。いつもならすぐに仲直りしてしまうはずだったのに、さまざまなことが重なってそれは成さなかった。
僕たち兄妹には不思議な能力があった。月の満ち欠けの関係で性別が変わるのだ。月が満ちている間はふだんどおり。欠けている間だけ、海と僕の性別が逆転する。そんな能力だった。
もちろん、小さい頃にはこんな能力なんてなかった。この能力は小学五年のときに突然現われた。もちろん海も僕も混乱したさ。話の中にしかありえないことが起きたんだから。
それでも、受け入れるしかなかった。それ以来、僕と海は入れ替わって生活してきた。けれど、そんな生活は長くは続きそうになかった。まぁ、当たり前だけどね。
僕にも海にも限界がきていたんだ。最初に耐え切れなかったのは海だった。と言っても、僕自身も結構しんどかったんだけど。
「もうこんなことやめようよ。わたし、もうこんな偽りの生活をしていたくない」
「なんで……」
「いつまでこんな馬鹿みたいなこと続けるの?無駄なことを続けるの?結婚もしないで、夢もあきらめろって言うの?わたしと空がずっと一緒にいられるはずはないでしょ!それにわたしはそんなの絶対にいや」
海は僕にそれだけ言うと僕の部屋を飛び出していった。僕が弁解する余地もなかった。いや、きっと僕が弁解したとしても、海は聞く耳を持たなかっただろう。この能力をどうにかしない限りは。それ以来、僕達が入れ替わることはなかった。もう二度と。
僕は困っていた。その日は体育がある日だった。そして今僕は女性の体をしていた。もちろん胸もある。さらしを巻いて隠しているが、体育着を着たらきっとわかってしまう。そもそも着替えることが出来ない。海はちゃんと将来の事を考えて言っていたのに、僕は自分の事しか考えていない。
いつから、こんなに僕と海は離れてしまったのだろうか。
「具合が悪いので保健室に行ってきます」
僕は体育教師にそう言って保健室へ向かった。僕はその道すがら、どうやって海と仲直りするか考えていた。なんとしても、海と仲直りしなければならない。それに、きっと海も同じ状態に追い込まれてしまっているだろう。
僕はいい案を思いついた。ここは一つ貢物でもするか。海の好物である桜屋のおはぎでも買ってこようと思った。桜屋は駅前にある和菓子の老舗である。
「失礼します」
僕は保健室の扉の前で小さい声で断って扉を開けた。静かすぎるほど静かだった。そこで僕が見たのは頭が真っ白になるような光景だった。
そこには海と僕の親友である
ガラガラガラ、
たぶん、二人にこの音ははっきりと聞こえただろう。僕の心臓はバクバク高なっている。きっと、今の僕は真っ青だ。膝ががくがくしていてそこから動くことが出来なかった。
もうどうでも良かった。海が「もう嫌だ」って言ったのは信がいたからか……。そうしてみると、今までの海の行動がおかしかったのはそのせいだと納得いく。はっきり言ってショックを受けた。あの時の海の話しぶりからして、相当信と仲が良いように思えた。もしかして、信も「あのこと」を知っているのかも知れない。
僕は震える足を無理やり動かして教室に荷物をとりに戻り、そのまま家に帰った。これ以上、海と信がいる場所に居たくなかった。海を見ていたくなかった。
「空、どうしたの?なんで閉じこもってるのよ。カギ開けなさいよ」
あの後、僕は自分の部屋に閉じこもっていた。いくらカギを閉めても、声を跳ね返すことは出来なくて、扉の外で海が叫んでいるのが聞こえた。
僕は海と信が恋人同士だということに驚いた。だが、それよりも、僕達の能力のことを信に話したかどうかが心配だった。あれは誰にも知られたくなかった。
僕は扉の前が静かになったのを確認すると、そっと部屋を出た。そして僕は足音を忍ばせて海の部屋に向かった。
コン、コン、
扉を叩く音が、無気味なぐらい静まりかえった廊下に響く。
カチャ、
「何?」
海は普通の表情で、いや少し安堵したかのような表情で扉を開けた。瞳は少し潤んでいた。
「大切な話があるんだ。海の部屋に入っていいか?」
「入って」
海はすぐに部屋の中に入れてくれた。海の部屋は女の子らしく、カーテン、ベッドカバーがピンクだった。ぬいぐるみもいくつかあった。僕はそんな部屋の中で机の上にある写真立てに目がいった。そこには笑顔で写っている海と信がいた。
海は、僕の視線がそこに向かっているのがわかると、慌てて伏せた。海はふっと思いなおすと、机の中にその写真立てをしまおうとした。
「知っているよ。しまう必要も伏せる必要もないよ」
僕のその言葉に海は目を大きく見開いた。口はぽかんと開いている。相当驚いているのがよくわかった。
「信と付き合っているんだろう?」
僕は少しばかり緊張していった。微妙に、語尾が震えていたのが自分でも分かった。本当はこんなこと聞きたくない。
「……うん……そうだよ」
海の声は掻き消えそうなぐらい儚く小さかった。
「能力のことを信に話したか?」
海がビクっと肩を震わせて、ゆっくり顔を上げた。その顔は驚愕で真っ青だった。強く握り締めた手が震えていた。こころなしか体も震えているようだった。要するにそれが海の答えだった。「うん」という無言の言葉。
「僕にもその能力があることもか?」
そう言った僕の声は震えていた。もしここで、海が否定しなかったら……。 僕の頭の中に考えたくもない予感がよぎる。長い静寂の後、ようやく海は口を開いた。
「……言ったよ」
僕は海を罵ることさえ出来なかった。僕はそのまま部屋を出た。僕の時と同じように、海は弁解しようとしていたが、僕はそんな気休めを聞きたくなかった。
結局、僕と海は仲直りするきっかけを失った。
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