第六話・狂纏い
千希は屋上にいた。冷たい風が吹く青空の下、千希はタバコを吸っていた。貴京がタバコを吸っていたところと同じところで。冷たい風が千希の長い黒髪とタバコの灰と煙をさらっていく。そして、消え去っていった。
貴京に見せていた顔は全部がまやかし。全てが演技だった。貴京が思っているようなおしとやかで可愛い千希は、もういないのだ。そうどこにも。
千希はケータイを取り出すと短縮五番である人に電話をかけた。
《はい》
「わたしよ」
相手はワンコールですぐさま携帯に出た。
《か、千希様!な、何の用ですか?》
「貴京が家に帰ったみたいだから、貴京の家に向かってちょうだい。どうせあなた暇なんでしょう? 今日だって学校に来ていないもの。それとも、殺してしまったあの人に罪悪感を抱いているのかしら。そして、復讐をしないつもりなの?」
《……》
相手は無言になった。どうやら、図星だったらしい。
「クックックッ……あははははははは。バカじゃないの? 憎んでいたのに、後悔してるなんてね。そんなに後悔するなら、始めから殺さなければよかったのよ。あなたのしたことは初めから可笑しかったのよ」
千希は狂ったように笑っていた。その様は、鬼のようだ。そう、千希は人間ではないようだった。
《……ところで何をするんですか》
「ああ、ゴメンゴメン。貴京の家に行って、あなたの演技とあなたの作り話をしてよ。あなたの演技はなかなかのものだからね。……感動の再会ってところね。死んでいたと思っていた人が、別の人として生きている。あなたの話なら、貴京はきっと騙されるわよ。そう、簡単にね」
再び千希は笑い始めた。狂っていた。
《なぜですか?》
「あなたがどうしてそれを聞くの? あの人が盗られて悔しかったんでしょう?憎かったんでしょう? 本当は愛していたんでしょ? いけない道とは知りながら。禁じられた恋だもの。ねぇ?」
《それは僕が貴京を憎む理由です。僕が聞いているのは、何故あなたが貴京の事を憎んでいるかだ。なぜですか?》
「よく話を聞いているじゃない。わたしも貴京の正体を知るまでは、お隣に住んでいる幼なじみで、親友だったわ。全ては三年前が始まりよ。あなたたちの始まりが五年前であったようにね」
《本当は全てがもっと前から起きていたのかも知れませんね。あの人と僕が不思議な能力を持っていて、僕があの人を殺したことから、貴京の正体のことまで》
「まあね。ともかくすぐに貴京の家に向かいなさい。そして、あれを。忘れないで。絶対よ」
《了解しました》
千希はその声で電話を切った。片手に持っていたタバコはフィルターの近くまで灰になっている。その灰は、風に吹き飛ばされて消えていた。
千希の目はうつろで、どこも見ていないように見えた。
「あの子は近親相姦に殺人犯。もっとも、近親相姦のほうは未遂だし、殺人犯にするには証拠が足りない。けれど、貴京はもっと性質タチが悪い。こんなに闇に染まったわたしよりも。貴京は―――だもの」
そう言った千希かずきの声はどこまでも冷たく、笑っていた。
「ただいま」
あたしの声が冷たく冷え切った部屋の中に響く。
返事は無い。父も母もまだ昼間は仕事の真っ最中だ。いつも夜中まで帰ってこない。そうじゃなくても、最近は会っていない。
あたしはキッチンに入って冷蔵庫に買ってきたケーキを入れた。このケーキを家族で食べることはきっとないだろう。
いかにも作り物めいた家の中。幸せの家族であるようにコルクボードに家族写真が貼ってある。笑顔で写った父と母、ポーズを決めたあたし。
ビリ、
あたしはコルクボードから写真をはがしてびりびりに破いた。それを灰皿においてライターの火を近付ける。
ボッ、
赤い炎がゆらめいて昔の幸せを消していく。写真はあっという間に燃え尽きて灰になった。
そこには、もう失われた幸せのかけらが消滅していた。
あたしは静かすぎるのが嫌で、テレビをつけた。
「―――、―――、」
最近は父と母もあたしをもてあますようになった。たとえ、内面が全く変わっていなくても、外見が変わると人は離れていく。今側にいてくれるのは千希ぐらい。だが、その千希との絆も所詮偽物。
気がついたら一人だった。
けれど、誰かが隣にいようと、一人でいようとあたしの心は凍ったままで何も感じなくなっていく。
悲しみも苦痛も怒りさえも湧き上がってこない。きっと涙を流すのも今日が最後だ。これ以上涙を流すようなことは無いのだから。そうして全ての感情が失われて、ついには、あたしの手の中には何も残っていなかった。全てが失われていた。
あたしはリビングにある大きなソファーに座った。これも、最初は幸せの生活を夢見て買ったもの。けれど今は、ただのソファー。
そんなことを思っているうちに、だんだん、まぶたが下がってくる。
ピンポーン☆
「うわぁ!!」
あたしは飛び起きた。あまりにも突然にインターフォンが鳴ったせいで、先ほどまでの眠気が全て吹っ飛んでしまった。
あたしは目をこすりながら玄関に向かった。途中で制服がグチャグチャになっていることに気が付いて、慌てて服装をなおした。
「はーい」
あたしは玄関のカギを開けて、扉を開けた。
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