第一話・タバコ


 同じ年齢の人間を集めて、同じ制服を着せられて、閉鎖された教室で同じことを勉強させられる。同じ顔ぶれ、同じ教師。変わり映えすることなく、決められたカリュキュラムをこなす。そして、そんな毎日の繰り返し。繰り返し。時々、テストや行事があるくらい。
 あたし―――中野貴京ききょうはそんなつまらない毎日に退屈していた。朝からひたすら勉強して、放課後は部活(あたしはやってないけど)。そんな誰でも出来るような毎日の何が楽しいんだろうか。
 日常という、普通という枠から出たくて色々やった。万引きとかもやった(もちろん捕まってはいない)。けれど満たされない。何も変わらない。日常が繰り返されるだけ。

「ふぅ――」

 今は現国の授業中のはずだった。あたしはもちろんサボって屋上にいた。ただ教科書を読んで、先生の話を聞くだけの授業がなんの役に立つのだろう。自分ひとりで勉強した方が、よっぽど出来るようになるだろう。現に今までがそうだった。
 そもそも、あたしが授業に出ても他の人にとって邪魔にしかならないと思うけど。それにやりたいことが定まっている人にとっては無駄なことにもなる。ただの時間の浪費。
 あたしは将来どんなことをしたいかを決め、進路も考えてある。そして、それに向けての勉強をしている。けれど、何かが欠けている気がする。

 ―――喪失感。

 まるで炭酸の抜けたコーラーのように。
 屋上の上からは広い校庭が見える。裸になった木がまばらに生えている。体育の授業で走っている人がいる。校庭の端には体育倉庫が建っている。そして、目の前には空白が広がっている。どこまでもどこまでも広い空。
 あたしは屋上のフェンスに近づいた。

 ―――ここをこえれば自由になれる。

 きっと気持ちが良いだろう。その距離は一歩足を踏み出せばすぐに届く距離。あたしは錆び付いた金網に指をかける。

「やっぱ、やーめた」

 あたしはそう言うとフェンスから離れた。今さら、自殺を図っても無駄。この日常を変える事はできないだろう。せいぜいが、雑誌と新聞とテレビを少し騒がせるくらい。そんなものは、すぐに人々の記憶から失われて消える。
 そして、日常へと戻っていく。そんな世界なのだ。

「はぁ――」

 ため息をついているんじゃなくて、タバコを吸っているんです、あたし。タバコの先っぽとあたしの口から紫煙が立ち昇り、青い空の中へ消えていった。その青空には雲ひとつ無い。
 タバコの灰が、冷たい風に飛ばされて消えていく。そして何も残らない。
 校庭の片隅で落ち葉が冷たい風に吹かれて舞っている。今の季節は冬。あたしは寒くて体が震えた。膝頭もがくがくしていた。手が冷たくなっていた。けれど、屋上でタバコを吸うのを止めようとしなかった。
 タバコだけは、体にかなり悪いし、止められなくなるから吸わないと決めていたのに、結局、吸ってしまった。そして、癖になってる。ニコチンの中毒になっている。
 あたしはタバコを吸い終わると、携帯灰皿に捨てた。マナーがいい不良ってのも変か。あたしは不良と呼ばれるのが嬉しかった。不良って言うのは普通じゃないってこと。要するに、非日常的な存在というふうにあたしは解釈している。
 あたしにとって、普通の毎日に対抗する手段はそれしかないように思えた。あたしはもう一本、タバコを吸おうと思って取り出した。

「中野」

 あたしは突然声をかけられて、手に持っていたタバコを落としそうになった。

「わ、若菜わかな先生かぁ。びっくりした」

 あたしはホッと胸をなでおろす。
 屋上の入口に立っていたのは英語科の若菜わかな先生だった。あたしのクラスは受け持っていないが、一年の進路指導をやっている先生だ。いかにも大人の男の人、という感じで、女子生徒に人気がある。
 顔はなかなかハンサムだ。メガネをかける姿が似合っていてかっこいい。
 いつも通り、ブランド物らしきスーツをきめている。いつも通り。嫌な言葉だ。全てがこれで言えてしまえることが。

「教室にいないからここにいると思ったんだよ。中野のお気に入りの場所だろう?今はここで、相談教室」

「この寒い中でやるの?」

「中野もそう言いながら、ここでタバコを吸ってたじゃないか。まぁ、それをどうこうと言わないが、子供を生んだり長生きしたり、したいのならやめた方が賢明だぞ」

 若菜わかな先生はそう苦笑して、自分もタバコを取り出す。そして、ポケットからジッポを取り出すと、それをタバコに近づける。そんなタバコを吸う格好までもが様になっている。あたしから見ても、若菜わかな先生はかっこよく見えた。
 若菜わかな先生は、なぜかあたしの事を気にかけてくれていた。そして、よくこうやって話をしてくれたり、聞いてくれたりする。あたしがこんな不良娘だからだろうか。それとも、あたしの事を誰かに重ねているのだろうか。
 理由はどうでも良かった。あたしの事を見ていてくれる、わかってくれる人がいることが嬉しかった。例えそれが、いつも通りのことでも。
 ここではいつも通りでも、外から見れば異質なモノだ。あたしが授業をサボっていることとか、若菜わかな先生があたしがタバコを吸ってるのを注意しないこととか。それどころか、若菜わかな先生もタバコを一緒に吸っていることとか。

「そう言いながら、若菜わかな先生もタバコを吸っているじゃない。……ねぇ若菜わかな先生、生きることってなんだろう」

「いきなり難しい問題だな。……まぁ、一般的なのが『幸せになるため』ってところだろう。必ず幸せになれるどころか、不幸のまま死んでいく人が多いのにな……。そうだな、俺の意見だと、『生きている理由を探すため』とかかな。俺自身も、まだそんなもの見つけていないけれど」

「生きている理由を探す?あたしはそんな簡単なことじゃないと思うんだ。もっと難しいところにあると思うの。もっと言葉で表わせないようなところに。……だって、じゃないと「彼」が……」

 先生は何も言わなかった。黙ったままあたしの話を聞いていた。あたしと先生のタバコの紫煙が空へ消えていった。

「そうかも知れないな……。「彼」か。……忘れちゃダメだぞ。死んだ人ってのは人の心の中にも生きているものなんだから。忘れたら本当にいなくなってしまうんだよ。忘れない強さってものも必要なんだ。……中野、またなんかあったら相談しろよ」

 若菜わかな先生は、どこか遠いい目をして、そう言って片手を上げて、校舎の中へ消えていった。いなくなるときまでかっこいい。
 あの話し方から、若菜わかな先生も大切な人を無くしたのかと思えた。どこかあたしと同じような感じがした。

 ―――喪失感と孤独感。

 あたしはフィルターの近くまで灰になってしまったタバコを携帯灰皿に捨てると、新しいタバコを取り出した。










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