a small doll. 後編
カビとほこりの臭い。破壊された窓からわずかな光に照らされてみることのできる室内はとてもじゃないが人が生活できない様な状態だ。家具はことごとく破壊され、かろうじでそれがもとは何であったのか判別できるほどである。
外からは先程よりも激しくなった雨水が響いている。女性の紅い衣や茶色い髪からは水がしたたり落ちて、床一面を覆っているほこりの絨毯の上にしみを作る。
女性は目を凝らしてようやく見えるような扉を開けて奥へ奥へと進んでいく。
半分手探り状態でたどり着いたリビングルームと思われる部屋は一面が窓だった。当然その窓も破壊されつくされている。その窓のそばには―――
「これってまさか、てるてるぼうず……?」
黒い紐でくくられた影が破壊された窓からの強風でぶらぶらと揺れている。
女性はそのぶらぶらと揺れている影に近づいた。雨音に混ざるように女性の靴音が室内に響く。
「……うそ……これ、全部死体……」
逆行でよく見えなかった影は全て首をくくった死体だった。その中には腐敗した死体もあって、近づくと悪臭が鼻をつく。それでも女性は窓の外からの光に死体の顔を照らして誰の死体か判別する。
女性は一番腐乱した死体の前で作業を止める。
「おじさん、おばさん!」
その二体はレヴィント夫婦だった。彼らと最後に会ったのはもうかなり前のことである。しかし、その時は彼らは確かに生きていたのだ。この家の中に来たときはいつも甘い匂いが広がっていて、おばさんの手作りのクッキーでお茶を楽しんだ覚えもある。
おじさんは研究で忙しかったのか余りあった覚えはないが、会ったときはまるで魔法のようにポケットからアメヤチョコレートを取り出してはくれて、おじさんの自分は魔法使いなんだ、という言葉を信じていた頃もある。
それが全て虚構であるかのように、女性の目の前で揺れる死体が示しているようだった。
「でも、なんでベルの死体はないの?」
女性は口に出してそう言って、そして後ろを振り返った。そこには包丁と黒い紐を手に持つ少女の姿がある。
『まだ雨が降ってるの。これじゃ、明日おかあさんと買い物に行く約束をしているのに……。おねえさんも、てるてるぼうずになって』
少女はすべるように女性へ近づく。手に握られた黒い紐状の物体が一気に広がり、女性をめがけて飛んでくる。
女性は動かない。無機質な瞳で少女を見据えて、両手は構えることなくだらんと下げている。
「ベル」
女性の体に触れる直前で黒い紐は動きを止めると力をなくしたかのように霧散する。少女の手の中だけに一片の黒い紐が残った。
『……フェルちゃん?』
女性―――フェルの問いかけに少女ベルは応えた。
「そうよ。ベル、あなた……」
まじまじとフェルはベルを見る。首には何かで絞められたあと。それに抵抗したせいか、首もとに引っかき傷が見られる。
少女はためらいもなく、自分の腕に包丁を振り下ろす。ごとん、と音をたてて、手首から先が落ちるが、紐状のものが自然に伸びて接続すると傷跡が分からない位、綺麗につながる。
「物体への意識移乗……」
『なんていわれるのか分からないけれど、この体はもう死んでるの。でも苦しくて、雨の日はてるてるぼうずをつくらなければ苦しくて』
だんだん、ベルの言葉が意味を成さなくなっていく。意識を持たない物体であるかのように、ベルの瞳から光が消えていく。
『殺して……』
その言葉を最後に再び黒い紐状の物体が広がり始める。それだけでなく、ベルの死体も動き始める。
フェルは二丁のマシンガンを扱い、黒い紐状を牽制しながらベルのもとへと書ける。撃ちそこねた黒い紐が頬をかすめて切り傷を生むが、それに気をとられることなくただ走る。
撃たれた黒い紐の影の隙間を縫って再び黒い紐が伸びる。死角から伸びたそれを足場にベルのもとに飛ぶ。
ベルの頭に取り付くとショットガンでベルの頭を撃った。至近距離の発射のせいで肉が焼けたのか、かすかに焦げたような匂いが広がる。
フェルはさらにベルの手から包丁をもぎ取って、真横から首をかき切る。ごとん、と音をたてて落ちた頭を足で思いっきり踏み潰す。
紅い灰白色の脳髄と脳漿が飛び散り、フェルの足を汚した。ベルであったものは動かない。
「これで、いいのかしら」
フェルのその言葉に答えるものはいない。それでも言葉を紡ぐ。
「私はまだ死ねないから、待っていて」
外では変わらず雨が降り続いていた。
それから、雨の日の人さらいはいなくなった。あの廃屋の死体の話も聞かないということは、誰も気づかず、そのままなのだろう。
しかし、長く雨の日が続くとどこからともなく、この歌が聞こえてくるそうだ。
The end.
BACK
■あとがき
昨年書いて、放置してあった短編でした(笑)
またフェルです。本当、書きやすいです。
アトラスだと、フリアと混ざり合っているといっても過言ではないので書きにくい(汗)
てるてるぼうずがテーマですが、書きたかったのは"物体への意識移乗"。
無の記憶の第二部が始れば、それについてより明らかになるのですが、そんな日は来るのでしょうか。
自分ですら分かりません(苦笑)