第十六話・失われたもの




 あの頃、生きていることに何の意味もなかった。かといって、死者の世界に足を踏み入れる勇気もなく、ただあてもなく意味もなく師匠と世界を巡る旅の中にいた。
 その旅の中で私は様々な者たちに出会った。中でも南大陸で出会ったエルフが印象的だった。彼女はエルフの掟を破り、人間との間に子供―――ハーフエルフをもうけた。そのせいで同じエルフに追われていて、夫は命を落としたと言っていた。けれど、彼女は後悔していないと言っていた。
 彼女の言葉が私の中の何かを動かしたような気がした。でも、出会いがあればそれと同じ数だけ分かれも当然あるわけで、たまたまそれが私の場合は彼女との永遠の別れだったと言うだけだ。
 だからだろう。彼女も私の意味にはならなかった。だから強く願っていた。あの人が私を殺しに来てくれることを。

「―――ァ、フィア?」

「ごめんなさい、少しぼんやりしていたわ」

 フィアはオベリスクの口調でラルドにそう言った。
 フィアはオベリスクの黒い服を身につけていた。なるべく顔を見られないように黒いベールをつけて、髪はつけ毛で補っている。つまり、フィアがオベリスクの身代わりになることで、ウィザード協会の目をくらまそうという作戦。
 一時撤退してきたのはそうすることで、ウィザード協会が増援を送り込んでくると踏んでのこと。同時にこちらも増援としてローザリーとディーが来ることがすでに決定している。

「そろそろ部屋に戻るぞ。王女がいくら逃げたと言っても、いつまでもここにいるのはおかしい」

「そうですわね」

 オベリスクに扮したフィアはぼんやりと王女の部屋へと歩き始める。ラルドはそんなフィアに何も言わず、数歩後ろをついて行く。
 そんな中でフィアの心の中を占めていたのは、ハーフエルフを産んだあの女性のこと。
 何で四年も前のことを、と思いながら、彼女との出会いがたった四年前のことであった事実に驚いた。ガンディア村での自分の魔力の暴走に比べたら、たいした年月も経ていないのに、さも昔のことであるかのように自分の中で消化していた。
 エルフの女性の顔は……思い出せない。印象的であったとはいっても、所詮それぐらい価値のないものでしかない。
 フィアは薄笑いを浮かべ、無駄な思考から離脱した。







「それで、あたしに子守でもさせる気?」

聖教会ココは万年人手不足ですよ。あなたしか手のあいているものはいないのですよ、レビ助祭」

 那智にレビ助祭と呼ばれた赤毛の女性は、不満げに目を細める。
 赤毛であることから、南方の出身であることがわかる。そのせいか、改造を施した聖教会の制服は北方の聖教会本部で暮らすにはやけに薄着に見える。
 聖教会本部の会議室のような場所にレビと呼ばれた女性と、那智、それに聖教会の制服を身につけたローザリーとディーがいる。那智を除いた三人は完全武装だ。

「一応言っておきますが、これは命令ですよ。レビ・バネット助祭」

「そんなこと、言われなくても分かってるよ、教皇代理・・・・

 レビは皮肉気に言った。

「……足手まといにはなりません。それに人間相手なら慣れてます」

 静かに言ったのはローザリーだ。顔にあった幼さが消え、表情に固い市を感じられる。かつてのローザリーとは変わった強さが存在するように見える。

「十分わかってますよ。あなたの成長具合は私でも驚きでしたから。ローザリーとディーは先に地下室へ」

 少々レビと話があるので、と那智は付け加えると、ローザリーとディーはただ、はい、と答えて部屋を出て行く。一方、レビの表情はこわばっていた。

「あの二人がいなくならないと出来ない話って何? また、何か企んでいるんじゃないだろうね」

「当たらずとも、遠からずというところでしょうか。私が言いたいのは、もしどちらかしか助けられない事態が発生した場合、『神の使徒・・・・であるディーを優先しなさい・・・・・・・・・・・・・ということですよ」

 那智は楽しげに薄く笑う。そんな那智に、レビは目を細めて皮肉った。

「さすが教皇代理ね。だけど、あたしはローザリーを諦める気はない」

 冷たく言い放つと、それ以上言うことはないとでも言うように、部屋を出て行く。

「嫌われましたかね……ですが、誰かが泥をかぶらなくてはならないのですよ」

 ぼそりと呟いて、部屋を出る。廊下には先に部屋を出たレビの姿はない。その前に部屋を出たローザリーとディーと同じ地下室へ行ったはずだ。
 那智はひとけのない廊下を黙々と進む。人が少ないのはさっき那智が言ったとおり、人手不足であることも原因の一つだが、三名が向かい、那智も向かっている地下室も原因の一つだ。
 人が行き違うことの出来ない地下へ続く細い階段に那智は降りていく。燭台で照らしてあるというものの、濃い暗闇は消えずに隅でわだかまっている。
 細い階段をずっと降りていくと、少し広くなった空間に出る。石のような壁の正面、左右に木戸があった。那智は迷わず正面の木戸を押し開ける。木戸は古いこともあってぎぎぎっと軋んだ。
 二十畳ほどの室内にはすでにローザリー、ディー、レビの三者がいた。部屋の四隅に燭台があるが、その光は三人のいる中央まで届かず、彼らの表情は見えない。
 ただ、三人の周りの地面には青く光る二重円がぼんやり浮かんで見える。

「時間もないことですし、手短に……。これは二百年以上前の古代魔法エイシャントの遺跡の一つで、床面に刻んだ術語タームを魔力でなぞることで発動する『転移ゲート』という魔法です。この『転移ゲート』の出口はファルシールの王宮のどこかに通じてるはずです。リアルト王国第二王女の護衛増援として、あなたたちには行ってもらいます」

「人手不足だとかいう原因はこの研究か……出口の特定は出来なかったのか?」

 不満そうにレビは那智に詰め寄る。

「ローザリーとディーの訓練の時間が増えたことで五分五分ということにします」

 そう言いながら、那智は自分の指先に魔力を溜めて、最後の一句である術語タームを刻む。刻み終わると淡い青い光に過ぎなかったそれが、高温の炎のような強い青い光を放つ。

「無傷でとは言いませんが、必ず生きて帰ってくるように……神の加護を」

「「はい!」」

 ローザリーとディーがそれに答え、レビは何も言わなかった。
 次の瞬間、青い光が三人を包み込み、光が消えたときその部屋にいるのは那智だけだった。












 back     next