第五話 ターゲット変更




 私は昇降口で真衣を待っていた。

 今日から真衣にターゲットを変えた新たなゲームが始るのだ。けれど、それは私がここで真衣を待つ理由にはならない。

 その理由は単純明快。

 私が真衣の格下げを本人に言いたかったから。真衣が信じられないという、あっけに取られた表情、悔しがる表情を見たいから。そう、ただそれだけなのだ。

 もちろん、私が動かなくても良いだろう。けれど、私が動いた方がより真衣にダメージを与えることが出来ると考えた結果だ。

 そんなことは何の問題にもならない。ただ、上で踏ん反り返っているようなお飾りでいたいとも思わない。

 真衣へのイジメの上で一番問題なのは、最終目的である『真衣の大切なモノ』が分からないということ。これは何よりも大きな問題だ。

 そんなことを考えているうちに、真衣がやってきた。いつも通りの派手な格好。化粧もしていて、肌とか荒れないのかな、なんて考えてみる。

 頭の中では様々なことを考えてはいても、私の瞳は真衣を見据えていた。

 私がいることに気がついたのか、真衣もこちらをにらみつけてきた。

 そして、私の側まで来るとこう言った。


「亜華璃さん、昨日はなんで由未と帰ったんですか? 由未は今回のターゲットのはずですけど?」


 思ったとおりの言葉が真衣の口から出てくる。思わず笑い出しそうになるのをこらえ、ぶっきらぼうな、機嫌の悪そうな顔をつくる。


「お……おはようございます」


「……まぁ、いいわ。あづみが見捨てる気持ちも分かるわ。真衣、あんたは今日から『駒』よ」


「……ぇ?」


 真衣は目と口を開いたまま呆然と立ちすくんでいる。

 私はそれを見て、心の中でほくそ笑むとその場を去ろうと真衣に背を向けた。


「待ってください! それって……本当ですか?」


 背を向けていても、真衣の慌てる顔が頭に浮かび上がる。


「三度目は言わないわ。あなたは捨てられたの。あづみにね」


 騒がしい朝の昇降口の私と真衣のいるこの一部分だけが静寂に包まれている。他の生徒も異変を感じたのか、私たちを避けていく。

 そんな中、ちらほらと「あれが例の……」という言葉が聞こえる。

 普通に生活しているものには分からないこの優越感。人を見下すことの喜び。それをわからない人に自分を認めてもらおうと思わない。


「さようなら、真衣」


 一度、上に上ったもので下に堕ちた者は二度と上へのばることは出来ない。

 私は真衣のみじめな姿を笑った。








 本当はそのまま教室に戻っても良かった。けれど、もっと真衣のみじめな姿を見たかったから、昇降口に身を潜める。

 いつもよりも幾分暗い表情で自分の靴箱の前に立つまい。真衣が自分の靴箱を開けた次の瞬間、私の言葉が真衣にとって現実である証が突きつけられるのだ。

 私は今か今かとその瞬間を待っていた。これから起こることに対し、苦痛に歪む表情。

 呆然とした真衣は靴箱の前に立った。そっと靴箱を開けると何も起こらなかった。真衣はただの降格であると思ったのか、ほっとした表情を見せた。

 上履きを靴箱から出すと、上履きの下に置かれていたのか一枚の白い紙が床に落ちる。真衣はそれを拾い上げ、なにげなく裏面を見た。


『死ね、ブス』


「なんで、私が……!?」


 思わず手に持っていた上履きを取り落とす。落とした上履きはがしゃんと音をたてて、内包していた物体を放出する。それは―――


「画鋲とカッターの刃……」


 上履きを逆さまにして振ると、尋常ではない量の画鋲とカッターの刃が出てくる。

 多すぎるその量はターゲットを傷つけるためではない。上履きを持てば妙な重みで、床に置けば奇妙な音が鳴ってわかるように。

 それはタイトルコールとゲームスタートのオープニング。

 真衣は壊れたように震えながら笑い出す。


「あはっ、やめてよっ、こんなの嘘でしょ!」


 ケータイを慌てて鞄から取り出してあづみの取り巻き仲間に片っ端からかける。


『おかけになった携帯電話は電源が入っていないか……』


 無情にも全て繋がらない。最後に残った砦はゲームの支配者あづみ一人。

 真衣は震える指で通話ボタンを押す。プップップッという音が聞こえたあとに、電話がかかる単調なコール音が鳴る。繋がることに真衣は安堵の表情を浮かべた。


『なんの用? 真衣』


 ケータイの向こうから聞こえるのはいつものあづみの声だ、と思ったとたん向こうから笑い声が響く。


「……あの今日は何をするんですか?」


「あれ、昨日言ってなかったっけ?」


 普段通りの声のトーン。


「はい」


 安堵してられるのはここまで。


「死んで。今すぐに屋上から身を投げて」


 あづみの冷たい声と共に通話が切れる。その全てが由未と私のシナリオだった。

 真衣はぺたんと床に座り込んだまま動かない。














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