世界の入口



 我が愛しの御子よ

 我が声が聞こえるならば

 我が声に答えよ

 我がめいに従え

 そして汝の宿命を全うせよ

 我が愛しの御子よ






 1.

 深く耳に、いや心に残る優しい女性の声。なんだか不思議な感覚がして、眠りの中にいるのに墜ちていく感覚がする。

 私、瓊乃杏にのきょうはここ最近同じ夢を見る。誰かが自分に呼びかける夢だ。

 前は起きたとき既に忘れていた。けれど、回を重ねるたびに夢は鮮明になっていく。

「一体何なの?」

 そう呟いても、答えてくれる者は誰もいなかった。







 2.

「最近の杏、なんかおかしいぜ」

「そう?」

 そう問うたのは遊び仲間の燈哉とうやだ。苗字は知らないし、燈哉も語ろうとしない。

 ここは渋谷のハチ公前だ。私と燈哉はここで他の仲間と待ち合わせしているのだ。そう、いつものように。

「もしかしたら夢のせいかも」

「夢?」

 私は燈哉のその言葉に頷いた。







 3.

 結局、夢の話は燈哉に笑われて終わった。信じてはもらえなかったのだ。

 機嫌を悪くした私はいつもの仲間に会わずに、自分の家へ帰った。そしてすることといったら、ふて寝ぐらいしかない。

 そして、いつもの夢を見る。優しい女性に呼ばれる夢。

 彼女は私に何をして欲しいというのだろうか。

 その時の私はまだ何もわかっていなかったのだ。そう、何も。







 4.

 私は突然むくっと起き上がる。その時の私の様子は誰が見ても異常だった。

 私は音を立てずにベッドから降り、靴も履かずに外に出る。その時の私の足取りはまるで神聖な儀式でもしているかのようだった。

 そう、儀式。

 本当の仲間の元へ帰る儀式なのだ。

 私はただ黙々と足を進め、マンションの屋上へ向かった。







 5.

 風が強く吹く屋上。柵がない屋上の低い塀はどこか心もとないように見える。だが、今の私には何の障害にもならない。むしろ好都合。

 私は裸足で塀の上に立つ。遠くを見つめる私の瞳は焦点があっておらず、口許には妖しい笑みが浮かんでいる。

 私は何もない空間に足を踏み出した。もちろん、私は宙に浮くわけなどない。

 体はふっと落ちていく。

 ああ、これだ、と思う。夢の中の墜ちていく感じはこれなのだと。

「もうすぐ……」

 次の瞬間、私の体は闇に呑まれ、この世界から消えた。







 6.

 神隠し。

 私が消えたことは、そう言われるようになる。そうなることで、私は新たな地位を獲得する。

 そう、神隠しにあった少女。

 だが、それもやがて時の中へ埋まってしまう。

 だから、彼女は呼ぶのだ。同じ世界に属する者を。


 ―――我が愛しの御子よ。




 The end.