Automatic



「……これは役得と言えばそうだが……それともなんだ、耐久レースか?」

 ある晴れた日の昼下がり。公園の芝生に座り込んだイヴァンは誰ともなく呟いた。
 公園では子供たちが駆け回り、その親がのどかに見ているという様子がそこかしこで展開されていた。
 テフヌートで唯一のこの公園は、この町が港町であることも大きく起因しているせいか、それほど多くの人はいない。しかし、ちょうど昼時であるのでランチを公園でという姿が多く見受けられる。

「少佐」

 起こそうと思ってかなりの小声で声をかけるが、起きないのは既に実証済だ。
 イヴァンの視線の先では、のんきにかすかな寝息を立てて寝ている少女がいた。
 少女の長い黒髪がわずかなみじろぎで揺れる。目を開けば、ある意味忌まれている『悪魔判別』と呼ばれる赤と青の瞳を持つ少女。
 だが、その瞳の能力のことでどんなに誹謗抽象を浴びようとも、歪むことなく正面から対峙していった強い人間。副官として少女についてからずっと少女を見てきたイヴァンも、いまでは少女のことを尊敬している。
 少女に向ける感情が尊敬だけではない。敬愛、思慕エトセトラ……そんな風にごまかすことはできるが、正確に言い表すと、それらのどちらでもない。

(好きだ何て言えるわけないよなぁ……)

 少女は現在十四歳。それに対してイヴァンは二十歳。その年の差、六歳。
 妻を亡くした夫が十歳以上年の離れた妻を迎える、なんてことはよくある話だ。また王候貴族間でも政治的戦略として珍しくはない。
 しかし、一般庶民となると、とたんに別問題だ。よほど相思相愛でなければ年の差が離れていることはないものだ。
 イヴァンにとっての問題は相思相愛ではないということではない。それどころかいまだ告白するなんてところまでたどり着くはずはずのない位置にいる、腐抜け腰抜けの軟弱男だ。

(それはひどいよ……)

ナレーターに突っ込むでない!
 えーあーこほん。
 ともかく腐抜け腰抜け貧弱軟弱で能力が低いダメ男が告白できないのは、とある現場を目撃したのが原因。

(増やすなぁ!)

 そんでは、回想スタート!





 その日は空全体にうっすらと白い雲がかかっているような、何とも表現できない空模様だった。とりあえず、雨が降る心配もないよなと呟きながらイヴァンは自分の仕事場である自治軍の詰め所に向かう。
 テフヌートの中央に位置するリアルト王国公認自治軍の詰め所は町の中でも聖教会テフヌート支部に次ぐ、大きな建物である。そのため、テフヌートの職業就業率も漁師、商人に次いで多い。
 王都ファルシールに近いとは言っても、テフヌートの西には聖教会本部しかない。南側には果てのない海が広がっている。稀に聖教会に行くもの好きが通ることはあるが、大きな商隊はあまりない。
 唯一通るものと言えば国や個人による交易船ぐらいだろうか。交易船が来る時期が近づくとにわかに町は活気づき、商人たちが集まり始める。港に船がつけば、たちまち港近くの宿場や酒場は船員で埋め尽される。
 そうなってからようやっと、イヴァンたち王国公認自治軍の出番となる。人が多くなれば、いざこざやけんかなどが多くなるのは当たり前。スリや引ったくりが発生するのもごく普通のこと。
 しかし今は、交易船は出発したばかりで、待っている仕事と言えば行方不明の飼い猫探しや書類整理ぐらいのものだ。

(ちょっとぐらい、遅れても大丈夫だよな)

 少佐に見付からなければ、と心の中で付け加えて詰め所の前を堂々と突っ切り、市場へと向かう。
 生活用品と食糧がそろそろ切れそうなのだ。本当は仕事が終わってから行くつもりであったが、今日は宿直の日だ。宿直明けを待っては明日の昼になってしまう。せっかく交易船が来た後なのだから、交易船がいた時よりも安くなっているし、いいものがあるうちに買っておきたいと思うのは当然のことだ。
 市場のメインストリートから一本隣の道にはいる。メインストリートよりもやや細い道はメインストリートの綺麗に整えられた露天や商店に比べて、雑多な感が否めない。
 一般庶民にしてみれば綺麗に整えられたメインストリートよりも、雑多な露天商店の方が値切りもとても効くし心もとない財布の中身にも良心的である。
 イヴァンはいつもの店で日常用品を買い込むと、食料品を求めて露天や商店をはしごする。
 交易船が去った翌日のため、けっこうな賑わいを見せている。前に進みたくともなかなか進めない状況だ。

「……そうですね。私は……」

 その時、市場の人混みの中で女性のソプラノの声が耳をかすめた。よくよく見知った少女の声だ。
 イヴァンはくるくると周囲を見回すと、自分が目の前にしている露天から二、三先の露天で楽し気に笑っている少女がいた。

「少佐……?」

 いぶかしげに見やると少女のとなりに男がいた。イヴァンが少佐と呼ぶ少女は決して仕事をさぼるような人物ではない。例え休日であろうと、率先して仕事をやるような人物だ。その彼女が仕事をさぼるとはとても思 えないのだ。
 男の方はというと、これまたイヴァンが敵いそうにない外見だ。イヴァンの十人並みの外見に比べて、砂漠の民によく見られる赤錆色の髪と淡い空色の瞳という奇異な組合わせ。いでたちは旅人によく見られる、革の鎧に風雨をしのぐためのマントというものだったが、そのすばらしい外見は少しも損なわれていない。
 そうこう思案しているうちに、二人の姿は人混みの雑踏に消えた。その間はわずかであったが、イヴァンの頭の中から楽しそうに笑っている二人の姿はしっかり焼き付いた。
 そのあと、食料品の購入も仕事に行くのも忘れるくらい。





 つまりだ、イヴァンがあたって砕けろの精神もないくらいの意気地なしだ、という事実が発覚しただけである。

「ローザリー……」

 イヴァンは自分の膝を枕にして眠る少女の名前をそっと呼んだ。だがやはり、起きる気配はみじんも見えない。

(役得を味わうのもいいか……)

 こうして長い長い午後は過ぎていった。




The end.




 追記 ローザリーはたんに旅人を町案内していたということは言うまでもない。







■あとがき
 終焉のキャラよりイヴァン主人公の番外編でしたー
 え?イヴァン?そんなやつ知らんぞ、という方は本編の第八話をご覧下さい。ばっちし名前も出てます。
 ちなみに第一話のローザリーの部下ってのもイヴァンです。
 わざわざイヴァンの膝枕の番外編を書くためだけに登場させたようなものでした(笑)