ある晴れた日の昼下がり。
一番暑い時間から少し過ぎ、ちょうどぽかぽかとして気持ちがいい陽気である時間帯。
ロシア×3
涼しげな風がまだ少年といえるような彼の白磁のように滑らかな肌をかすめ、炎のように赤い髪を揺らす。木陰の中にいる彼―――ユーリ・イヴァーノフは静かに目を閉じていた。試合や訓練のときの様子と打って変わり、とても穏やかな表情だ。一人でいるこの時であるからこそ、見ることのできる表情なのだろう。
ユーリはただゆっくりと時を待っていたのだ。
ユーリの目の前には木目が美しい紋様となっている白塗りのテーブル。その上にはロシアの湯沸かし器であるサモワールとガラス製のカップ。サモワールは十八世紀末にその製造が始ったトゥーラ製で、昔ながらの湯沸し壷の中央にパイプが通り、その中に炭火を入れて使うものである。
ユーリは優雅な形で青色のサモワールの上にある小さなポットを手に取り、ガラスカップに淹れる。コポコポと濃い紅茶が注がれ、湯気と共に紅茶の香りがふわりと広がる。そこにサモワール本体の蛇口から熱湯を注ぐ。
ユーリはガラスカップを手に取り、紅茶を飲みながら苺ジャムをなめた。そしてほっと息を吐く。体の中の疲れが抜けていくようで、自然と溜め息が漏れる。
「ユーリ!」
ほっとしたのもつかの間。パタパタという足音と共に騒々しい人物がやってきた。ピンク色の髪と瞳をした少年―――そう、ボリスだ。黙っていれば、結構かわいいのに。…………って、ボリスは男じゃないか。
「ロシアンティーだ♪」
手に持っていたガラスカップを強引に取られ、紅茶を飲む…………というよりは口に流し込んだ。やっぱりこんなヤツ、かわいくなんかない。
面白い…………とは思う。今も楽しそうな笑顔から無表情、眉をひそめる表情へとくるくる変わる。見ていてあきない…………というか、まるで百面相だ。
「これ、苦すぎだし、渋すぎー!! ユーリってば、よくこんなの飲めるよな…………お♪」
何を思ったのか、苺ジャムの入れ物を手に取ると小さじに山盛り三杯をガラスカップに放り込み、かき混ぜる。
「よし♪」
よし、じゃないだろう! と思うが、止める間もなく茶色っぽい沈殿物があるロシアンティーでもなんでもない液体を口に運ぶ。その表情は嬉し気だ。
そんなすごい甘そうなものがおいしいのだろうか。げっそりする。
「あっ☆ セルゲイ!」
おーい、とボリスが手を振るのは長身の少年―――セルゲイだ。先程と違ってボリスの表情は満面の笑み。いや、体中で笑顔を表現していると言ってもいい。
セルゲイは笑顔を浮かべ、ゆっくりとこちらに近付いてくる。ボリスの手には、いつの間にか勝手に淹れたロシアンティーのガラスカップが握られている。…………もちろん、茶色い沈殿物付だ。その茶色い沈殿物は先程の苺ジャムとは違うようだが。
一体、今度は何を企んでいるというのだろうか。一体、今度はどんなアホな行動をするのだろうか。もう、溜め息が止まらない。
「はい、セルゲイ。ロシアンティーだよ♪」
「あ、ああ…………ありがとう」
セルゲイはその茶色い沈殿物を見なかったことにしたのか、本当にそれを見ていないのか…………それは定かではないが、ともかく、人間の飲み物ではない
あのアホなボリスもボリスだが、セルゲイもセルゲイだ。俺だったら、あのボリスが作ったものには絶対に口をつけない。ましてや、ロシアンティーに茶色い沈殿物があるものにはどんなことがあっても。
どん!! と大きな音を立ててセルゲイが地面の上に伸びていた。口元からは、ツーっと紅茶が流れ出る。セルゲイの閉じた瞳から涙が一筋、こぼれた…………ように見えた。
「ボリス……一応聞くが、一体何を入れた?」
「ん? チョコレートだよ。俺、結構この
ふーん、と答えながら、心の中で溜め息を吐く。チョコレート…………それだけなら、
紅茶とチョコレートだけなのに、組み合わせとどうして言えるだろうか。紅茶とチョコレートだけで組み合わせとして成立しないこともなくはないが、ボリスのアホさからしてそれはまずあり得ないだろう。……正直、頭を抱えたくなった。
「ん……? 紅茶か?」
そう呟きつつ珍しくユーリたちに近付いてきたのは火渡カイだ。その時、ボリスの目がキラーンと光った気がした。気がしただけで済むといいんだが…………と思いつつもボリスを止めようとはしなかった。
「ロシアの紅茶だ。俺が…………一人で飲んでいたんだが、ボリスが勝手にな……。そして、その結果がアレだ」
ユーリはボリスの被害者第一号としてめでたく誕生したセルゲイを示した。しかしカイは身に迫りつつある恐怖にも何も感じていないかのようにただ、そうか、と呟くだけだ。
「はい。カイ、飲んで♪」
そういってボリスが手渡したガラスカップには無力透明の沈殿物がふよふよと漂っている。一体今度は何を入れたんだ!! と叫びたくなるのは仕様がない。…………まぁ。火渡がどうなろうと、こちらの知ったことではないが。
カイはセルゲイのように一気に飲むことはせず、一口ずつ口に含む。その結果は……
「…………ん、おいしいな」
そういって火渡はごくごくと飲む。その表情は普通で、何も変わっていない。火渡の体に何の異変も起きていないようで、ほっとする。溜め息を吐いてから、どうして俺はこんなヤツの心配をしてるんだ、と自問自答に陥る。
「…………火渡、その……どんな味だ?」
「普通の紅茶の味だが…………?」
それがどうかしたか? という火渡の問いに、ユーリはいや……、と答えただけだ。そういえば、火渡は天然だった、アホなボリスが何かしたとしても、気付くはずなどない。
「だよね。おいしいよね!」
それからボリスと珍しく火渡が意気投合して、自分の好みについて語り始めていた。ユーリは溜め息を零して、サモワールやガラスカップなどのティーセットを持ち、その場を離れる。
ボリスは最強のアホ。火渡は最強の天然だ。ある意味最強ペアといえる。
ユーリは歩く足を止め、空を見つめる。あまりの深い青に吸い込まれそうで、思わず目を細める。
「……せっかくの休みが台無しになったな……」
そう呟くユーリの後ろでは、まだボリスのチョコレートと何かが入ったロシアンティーのショックから立ち直れないセルゲイが転がっていた。
The end.
モドル
*あとがき
紫煙様へのキリリク小説 ロシア×3 をお送りしました。
あー、超駄作です。
ボリスがおかしいし、ユーリもおかしい。彼らはあんなキャラではありません(汗)
これで勘弁願いたいものです。
もともとボリスの役どころはマックスでした。
けれど、ロシアのリクということなので無理やりボリスを当てはめました。
……結果はごらんの通りです。