待ち合わせ
後書き:最初は約束をすっぽかされるボリスが書きたかったんですが、
ユーリにしては遅いと思った。約束の時間は10時だったのに、気付けば時計の短針はすでに反対方向に傾いている。
休日のわりに人気のない公園はユーリが選んだデートプレイスだ。珍しくユーリから誘ってきたからボリスは有頂天になって喜んだのだが、当の本人は一向にやって来ない。
そもそも、同じ修道院内で生活しているのだから一緒に出かければよかったのに、ユーリがどうしてもと言うからこうして別々に出たのだ。と言っても、ユーリが直接ボリスに言ったのではなく、部屋の前に置かれていた手紙に書いてあっただけなのだが。
部屋を出る時に来てきたコートのポケットをまさぐり、無愛想なユーリらしい味気のない手紙を広げる。確かに時刻は午前10時で、場所もこの市立公園で間違いない。そうそう、日付ももちろん今日だ。
特に大きくない公園だが、もしかしたら別の場所で待っているせいで気付いていないのかもしれない。そう思って公園内の隅々まで何度も視線を巡らせているが、目立つ深紅の髪はボリスの視界を掠る事さえなかった。
ユーリどうしたんだろう? あいつが遅刻だなんておかしいな。修道士に掴まって出られないとか? 今日は練習あるから、俺達が逃げないように入口の所に見張りがいたもんな。でも、俺が抜け出せたんだからユーリが失敗するとは思えない。
はっ! まさか来る途中で事故にでも遭ったのか? 助けに行かないと! ……でも、どこだろう? 大通りの交差点、路地の角、踏切。踏切で人身事故だったらどうしよう!?
待ってろ、ユーリ! 今すぐ俺が助けに行くから!
ぼんやりとした瞳に光が差した。鋭い顔付きとなったボリスは素早く振り返り、走り出すための1歩を踏み出す。
だが、ボリスは自身の目の前に立っていた人影にぶつかり、反射的に目を瞑った。反動で体が後ろに戻るが、足はその動きに付いていけるはずもなく体が傾いていく。
手をおいてきてしまった。ふと、このまま地面に頭をぶつけて死ぬんだと思った。でも怖くはない。きっとユーリが待っててくれてると言う確信があるから。
だから言っただろ? ユーリのためなら俺は死ねるって。
頭の中でユーリに送る言葉を呟いた。これで向こうに逝ってもユーリと仲良くしてもらえると思いながら。
体が徐々に傾いていく。風を切って髪がふわりと巻き上がるのを感じた。全身が重力による支配から解放されたようだ。慣性の法則によっておいてきた左腕に圧力がかかる。痛みが走った。思ったほど大した事はないけど、背中が温かい。世界が真っ暗になった。
「ボリス、こんな所にいないで早く帰るぞ」
かけられた声に瞼を開けると、セルゲイがいた。背中に回された大きな手で支えられている。左腕を強く引き寄せられて助かったのだと気付いて、ボリスはセルゲイの胸から離れた。
辺りを見渡して見える光景は夕方の公園で、ボリスは停止していた思考を再起動させる。状況を理解するのに大した時間はかからなかった。
大丈夫か? と訊ねるセルゲイを無視して、ユーリを助けに行かないと、とボリスが叫んで今度こそ走ろうとした時、またもセルゲイに腕を掴まれた。
「待て、ボリス。ユーリなら修道院にいる」
え、と漏れた声は暮れの空気にあっさりと流されて消えた。ボリスを落ち付けようとするセルゲイの姿が、赤く染まる公園が、重力と言う拘束具を纏う己の体が、全て遠のいた気がした。
だから、脈打つ速度を上げながらゆっくりと全身の血がまわっていく事にボリスは気付かず、浜を打った波が引いていく時のようにあっさりと意識が戻った時には、すでに頭に血が昇っていた。
「そんなはずない! ユーリと約束したんだ。ここで会うって。手紙をもらったんだ!」
大声で叫んでセルゲイを強く睨み付ける。邪魔をするセルゲイに憎しみまで感じた。だが、狂気の光をたたえた瞳の先には穏やかな碧眼があり、ボリスは動揺した。殺気が薄れていく。
包まれた気がしたのだ。包容力のある柔らかな視線でそっと。
見せてくれ、と手を差し出したセルゲイにボリスは大人しく手紙を渡す。ボリスの耳にはセルゲイが丁寧に手紙を広げる音だけが届いた。
愛するボリス・クズネツォーフ
日頃の礼がしたい。修道院内だと誰かに見られるかもしれないし、監視カメラがあるから外まで来い。
日時と場所は、俺とお前が初めて出遭った日でもある明日、午前10時にあの市立公園だ。
手紙だなんて回りくどい事をしてすまない。その、面と向かって言うのは少し恥ずかしくて。だが、明日はきちんと話す。遅刻するなよ。
ユーリ・イヴァーノフ
溜め息を吐きながら、セルゲイは手紙をたたむ。元通り封筒にしまったそれをボリスに返しながら、目の前の少年が心底憐れに思えた。
几帳面な字で綴られた手紙は確かにユーリらしさが見て取れる。無地の便箋と黒のペンを選んだあたりもまさにユーリと言えるだろう。だが、そこに書かれた文章は明らかに彼の物ではない。ボリスには悪いが、ユーリのボリスに対する態度に恥ずかしいと言う形容詞が付くとは思えない。
それに、セルゲイは知っているのだ。大人びた文字を滑らかなタッチで書く少年を。
「これはイワンの字だ。お前はまんまとイワンに騙されたようだな」
やれやれと言うようにボリスの頭をぽんと叩いた。イワンの悪戯もたまに度がすぎているとセルゲイは感じた。手紙の隅々まで遊び心が伺える。
ユーリが来なくてもボリスがずっと待ち続ける事をイワンは知っているはずだ。いや、きっとそれを狙ったんだろう。だが、思慮深いイワンも自身の悪戯でセルゲイが被害を被るとは思ってもいなかったに違いない。
帰ったらきちんと文句を言ってやろうと心に決めて、セルゲイは手紙の本当の差出人を否定し続けるボリスの説得にあたった。
2人が修道院に帰るには、もう少し時間がかかりそうだ。
モドル
それではあまりに酷いと思ったのでイワンの悪戯って事にしてみました。
余計酷くなりました(汗)
でも、ボリスは憐れな少年なので、これはこれで満足です(笑)
この小説は、サイトの移転をされた鈴華綾香様にひっそりとお贈りします。
鈴華綾香様、約束の品です。やはりオリジナルは無理でした。
アホ濃度が高いロシアでよろしければもらってやって下さい。
新しいサイトの方でも頑張ってくださいね。では。
☆コメント
椎名紅葉様、こんな私のわがままを聞いてくださって、本当にありがとうございます。
書いてくれるとは思いませんでした……嗚呼、本当にありがとうございます。
ボリスのアホさは、最高です(笑)これこそ、まさにボリスだと思います(笑)
一番最初の頂き物。重ねて(しつこいか?)ありがとうございますっ!!